第7話 脅迫

 帰ろうとした長を慌てて引き止めようとするお父様に、わたしは頷いてみせて、長の横に向かった。わたしの顔を見て嫌悪感を隠さない長の耳元で囁いた。


「もう、帰ってしまわれるのですか? それならば、挨拶させて頂かないといけませんわ」


 男女が手を重ねるなど、破廉恥なことだとばあやは怒るだろうが、お父様が嬉しそうにしているため、手を重ねようとゆっくり手を動かす。その様子を見て、ごくりと唾を飲んだ長が裏返った声で言った。


「せ、せっかくの機会だから、もう少し話していこうかのぅ」


「まぁ! わたし、学院について聞きたいですわ。女児は行けませんの?」


 小首を傾げたわたしに、長は喉から情けない声を出しながら続けた。


「お、女子はよほど優秀か家の余裕がないと、学院には通わぬ……。き、君は興味があるのか?」


「えぇ。興味はありますし才能があると自負しておりますが、父の許可がおりませんの。何かいい方法はご存知ないですか?」


 お父様に聞こえないように小声でそうやりとりすると、二人の親密な様子に満足げな笑みを浮かべたお父様は気が緩んだように酒を飲み始めた。酔いがよく回る薬でも仕込もうかと考えながらみていると、お兄様と視線が合い、何かしらを長に囁いた。長は目を丸くした後、ギラリとした視線をわたしに向けて、お兄様に何かを囁いた。そのまま後ろに控えたお兄様は、魔力を込め、魔術を使ってお父様の飲み物に何かを入れた。そんな魔術の使い方なんて知らなかったわたしが目を丸くすると、お兄様は一瞬笑みを浮かべた。お酒に口をつけたお父様が酔っ払って眠ったのをみて、長が口を開いた。


「君は此奴を超えるほどの実力の持ち主だと思うと、此奴が言っておる。その才を儂に見せることはできるか? 機会は与えよう。今月行われる武闘大会の参加権じゃ。その場で儂に実力を見せれば、我が養女として迎え入れ、立派な影として育てるために、ユーエー学院の入学を推薦してやろう」


「お声かけいただき、大変光栄にごさいます。いくつか質問させてください。武闘大会といっても魔術は使用可能なのですか?」


 すぅっと目を細めた長がにやりと笑って、髭を触りながら答えた。


「もちろん、魔術は使用可能じゃ。我らが魔術を使わなくて何を使うというのじゃ」


 長の言葉から、この組織は魔術師や魔法使いの類だとわたしは予想をつけた。


「恥ずかしながら、わたしは教育を一切受けておりません。そちらのお方を師としてお貸しいただくことは可能でしょうか?」


「ふぉっふぉっふぉ。よいじゃろう。ただ、此奴もまだ勉強中の身。日程は此奴の都合に其方が合わせるのじゃ」


 お兄様の目がきらりと光った気がするが、きっと気のせいだろう。


「ありがとうございます。条件として、ご提示いただいた“才を見せる”というものは、武闘大会での成績に応じるという意味でしょうか? それとも、成績は関係なく才を見せろという意味でしょうか?」


「其方、面白いのぅ。誠に四歳児か? 女子にしておくのが、本当に惜しい。其方の父は其方の才能に気付いておらぬのか? ……人を見抜けぬ男よのぅ……」


 猛禽類のように目を細めた長は、冷たい視線をお父様に送った。きっと人を切り捨てることに慣れているのだろう。例えわたしが養女になってもお父様たちが切り捨てられることは明らかだ。


「質問の答えじゃが、推薦を得るためにはもちろん成績が必要じゃ。他に質問はあるかのぅ?」


「わたしを養女として迎え入れていただけた場合、保護していただけるのはわたしの身のみでしょうか?」


 意味を問うように鋭い眼光を向ける長に、わたしは息を一つ飲んで加える。


「わたしには、親よりも世話になった乳母がいます。きっと長の家で働かせてもらった方が境遇が良くなると思いました。ご慈悲に縋ることは可能ですか?」


「……家族を捨てられぬと言ったらどうしようかと思ったが……それは其方の弱点か? 弱点くらい切り捨てろと言いたいところじゃが、其方もまだ四歳。乳母を其方自身で説得できれば許してやろう。ただ、其方が考えるよりも、女子が家を出るという意味は重いぞ? 例え、一人でも来られるか?」


 ばあやのことを思い、息を吐いた。そして、視線を上げて長を睨み返した。


「もちろんです。無事に養女として迎え入れてもらえるよう、精進いたします」


「はっはっは、気に入った。気に入ったぞ。では、其方の優勝、期待しておる……但し、武闘大会はそんな甘いものでない。命懸けの戦いじゃ。覚悟して挑め」


 そう言った長に頭を下げる。長は困ったように笑って言った。


「儂は帰っていいのかのぅ。幼児の育成には興味があるからよく勘違いされるが、幼女にそこまで興味はないのじゃ」


「……お父様が目覚めるまで、ここにいてくださいませんか?」

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