始末屋の標的
ファアストシティ郊外の港倉庫の中でその男は震えていた。伸びに伸びたベタと油ついた髪と髭、落ち窪んだ眼にはただ恐怖の色しか無い。
「いつ、誰が、俺を殺しにくる……俺は、殺されて――ヒアアッ!?」
「は――ぇ?」
突然と男の眼の前に女性物の黒ブーツがカツと音を立てて降り立った。男が脅え顔で見上げるとそこには無表情な紅瞳で見降ろすメイド服姿の褐色美女が立っていた。男は声にもならない喉に張り付いた悲鳴を上げてへっぴり腰で逃げようとするが、女は細腕とは思えぬ剛力で男を軽々と制圧した。
「依頼のあった「ポール・クロック」で間違いなさそうです坊ちゃま」
女は長い黒髪を小指で耳掛けながら呟いた。男は絶望に満ちた顔で震え、己の命散る運命を呪った。
「ご心配なく、まだ貴方を始末するかどうかは決定事項ではありません。今はまだ」
薄く微笑むような声色で恐ろしい事を言われた男は片手で持ち上げられ、いつの間にか暗がりに立っていた背低い影を焦点合わず眺めた。
『少しばかり、お転婆が過ぎるようですなファイガ。ショック死されては困りますぞ』
耳がおかしくなったのか機械合成音のような老齢な声が聞こえる。この子どものような背丈な人物のものとは思えない。
「加減はしていますよセバスさん。人間がどの程度で壊れてしまうかなんて分かっています。デリケートな硝子細工品と似たようなものです、気をつけなければバリンとバラバラに砕けてしまう」
ファイガと呼ばれた女はまた淡々と恐ろしい事を言う。セバスと呼ばれた小柄な影が近づいてくる。色素抜けた白髪だが、顔は背丈どおりの子供だ。ただ見つめてくる丸みのある瞳は人生を刻み抜いた落ち着きが感じられて恐ろしい。
「ポール・クロックさんですね。二三の質問をさせてもらいたいのですが」
先ほどの老齢ではない子供声に男の脳髄は恐怖の臨界を超えようとしていた。
「こ、殺しに来たな。俺を、弟のように」
絞り出した声に、眼の前の丸い瞳が瞬いた。
「依頼内容を口走るものではないが、私は確かに弟のジム・クロックから依頼を受けたはずだが」
わざとらしく、依頼内容を漏らす少年の言葉に落ち窪んだ目が剥いた。
「アイツは、弟の顔でアンタらに殺しの依頼をしたというのかッ! 俺の殺しを弟の顔でっッ!!」
地獄の悪魔にも魂を売らんとするような怒り形相と無理にヒリ潰したような叫びを聞き、少年は息をひとつ吐いた。
「どうやら、あのジム・クロックなる男の依頼はロクなものではないらしい。そもそもとジム・クロック氏でもないようだがね」
「カート坊ちゃま、ではポール氏の始末は」
「当然、無しという事さ」
『それはよろしい。そもそもといけ好かない輩でありましたからな』
眼の前の雑談から彼等が己を殺す事は無いと気づいた
「ポールさん、まずは貴方の身柄を――っッ」
カートと呼ばれた少年がポールを落ち着かせようと声を掛けた瞬間、眩しい光が三人を照らした。
「困るな、断りもなく依頼を反故にするのは、ねぇ?」
そこには何人もの銃を持った黒ずくめの男達を従え、ジム・クロックと己を名乗っていた男がつまらな気な表情で歩いてきた。
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