ビッグ・バトラー――短篇――

もりくぼの小隊

依頼人と便利屋達


 ファアストシティ――誰がそう呼んだかも忘れられた旧き街。空は公害雲スモッグに覆われ淀み暗く、地上は犯罪という悪意と血に染まる、いつか朽ち果て終わることを約束された街。


 そんなファアストシティの古びたビル一室の扉前にひとりの男が立っている。


「誰もいないのかね?」


 錆び浮いた扉を叩いても、反応は無い。男は革手袋についた錆を鬱陶し気に払うと何も言わずに去ろうとする。


「遅くなり申しわけございません。ご依頼でしょうか、どうぞ」


 錆び浮く事務所扉が突然と開き、古い雑居ビルには似つかわしくないメイド服姿の褐色美女がひとり出迎えてきた。紅に近い不思議色な瞳で男を見つめ微笑んでいる。男は一瞬と喉を鳴らし、褐色美女の招きと共に部屋へと入る。


 部屋の中は破れたソファと安物な机。奥にはタイプライターと本の山が置かれた作業台、その横に蒸気熱コンロの置かれた流し台があるのみだ。


「どうぞ、お座りくださいませ」


 褐色メイド美女は破れソファの上を羽根箒で払い座るように勧めるが男は怪訝な顔で突っ立つままだ。


「ここの主人はいないのかね?」

「ああ、これはすみません、こちらにおります」


 男が不愉快げに一言漏らすと、山積みな本の横から背低い少年が頭を掻きながら突然と現れた。


「失礼いたしました。お依頼でしょうか?」


 年齢の割にはくたびれた中年のような仕種と落ち着いた声音と共に少年は男に近づいてくる。


「主人はいないのかね?」


 男は不快なままにオウム返しに少年の丸みある瞳を見下ろした。少年は切り揃えられた白髪を小指で払いながら爽やかな笑みをこぼす。


「失礼、私が「便利屋ダーク」の代表を務めさせていただいております「カート・ダークライト」と申します」

「なに、子供が代表者?」

「そしてワタクシ、メイド助手の「ファイガ・リオン」と申します」


 自己を名乗った少年に怪訝な顔を浮かべ聞き返そうとした男へと聞いてもいないのに褐色メイド服美女もロングスカートを摘む一礼で自己を名乗った。


『続きまして、執事助手の「セバスチャン」であります。いや、お声だけで大変申しわけないですがな』


 更に少年の胸バッジから老齢な落ち着いた機械合成音が響き挨拶をしてきた。


(依頼先を見誤ったかも知れん)


 男は染み深い天井を仰いで溜息を吐いた。





「お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」

「いや結構、端的に依頼をしたいのでね」


 長い黒髪を揺らして上品に微笑むファイガの声に拒否を伝えた男は写り悪い写真を一枚机に投げた。

 カート代表はそれを確認する。写っているのは落ち窪んだ眼のくたびれ顔の中年に見える。


「私の名は「ジム・クロック」そこに写る男は「ポール・クロック」私の兄だ」


 眼の前の男と写真の男を見比べる。よくよくと見ればよく似ているように見える。


『人探しのご依頼でよろしいですかな?』


 執事助手のセバスチャンが機械越しの合成音声で尋ねてくる。顔も見せない男に尋ねられるのも不快だと顔に出しながら男は鼻先で笑うように答えた。


「ふふ、いやいや私の依頼はだよ」


 の言葉にファイガの紅瞳が一際大きくとなり、カートは丸い瞳を閉じた。


「君達は裏のゴミ片付けもする始末屋スィーパー、汚れ仕事もやっていると聞いたのだがね」


 構わずとジムは話を続ける。静寂となるカートとファイガに変わりセバスチャンが答える。


『どちら様からの情報で、それに彼はお兄さまと伺いましたが、家庭事情トラブルという奴でしょうか?』

「兄が誰でも、どうでもいいじゃないか。人様の事情に首を突っ込まないでいただきたいものだね顔無し紳士殿。断るなら無理にとは言わないよ。兄を始末してくれるなら誰でもいいのだ」


 顔も出さぬセバスチャンを揶揄しながらジム・クロックは口端を小馬鹿にするように上げた。はてさて、こうゆう輩はお引き取り願うのもセオリーであるがとセバスチャンの合成音は少し唸った。


「よろしい、お引き受けしましょう」


 しかし、瞳を開けたカートは殺しの依頼を受けると答えた。ファイガの紅眼だけが一瞬とカートを見やるが、特に何も反論はしない。


「ああそうですか、では、頼みましたよ」


 ジムは断られようが受けようがどうでもよさ気な淡々とした声を漏らしながらソファから立ち上がり、もう一度値踏みするようにカートとファイガを眺め、部屋を後にした。

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