結・1

 ──どうやって帰ってきたのか、覚えていない。


 駅まで走ったのか。タクシーに乗ったのか。

 どれも思い出せない。


 ただひとつだけ、明確に覚えている。

 

 (──見たくない、見たくない、見たくない。)

 

 その“呪いのような願い”だけが、帰路の記憶をすべて埋め尽くしている。



 気づけば、私の部屋の前に立っていた。


 ドアノブを握る手が震え、鍵穴に鍵がうまく入らない。


 金属がカチカチと擦れる音がした。


 やっと鍵が回ると、私は靴も脱がずに部屋へ転がりこんだ。


 ドアを閉める。


 鍵をかける。


 チェーンをかける。


 何度も、何度も確認した。


 それでも怖くて、ベッドへ身を投げ込み、布団を頭からかぶった。


 呼吸が荒い。


 心臓が痛いほど跳ねている。


(あの顔はここまで来ない⋯⋯大丈夫⋯⋯。)


 必死に何度も心の中で繰り返し、私はそのまま、いつ眠ったのかも分からないまま意識を手放した。



 ──朝。



 部屋は静かだった。


 誰もいない。


 当たり前なのに、涙が出るほど安堵した。


 私は起き上がり、乱れた呼吸を整えるように肺へ空気を押し込んだ。


(……帰ってきたこと、五十嵐さんに報告しないと。)


 震える指でスマホを手に取る。


 画面に映る「私」の顔が、ほんの一瞬、昨日見た“あの顔”と重なった気がして──


 私は、唐突にスマホを取り落とした。

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