承・終

──私は夢を見た、はずだ。


 とても恐ろしい夢だったような気がする。


 内容は、何一つも思い出せない。


 色も音も輪郭も、すべて無意識の向こうへ逃げてしまった。


 だが、“それ”は私のそばにいた、という確信だけが、皮膚にべったりと張りついている。


「⋯⋯っ、は⋯⋯!」


 目を開けた瞬間、息が荒れていることに気づいた。


 全身が汗で濡れている。


 髪は皮膚に貼りつき、胸元までじっとりと生暖かい。


 いや、生暖かいはず、なのに。


「⋯⋯寒い。」


 体が、ひどく震えていた。


 歯が小刻みに鳴る。


 背骨の奥が、氷を流し込まれたように冷たい。


 寝汗で冷えた?


 それだけではない気がする。


 胸の奥で、何かが、じゅくじゅくと冷たくて黒い塊になって、広がっていく。


(⋯⋯誰かが見ていた。)


 その実感だけが、異常に鮮明だ。


(⋯⋯違う。何かに、“目をつけられた”。)


 思考がまとまるより先に、私はベッドから飛び起きていた。


 シャワールームに向かい、シャワーの蛇口をひねる。


 ぬるい水が頭から流れ落ちると、いくらか正気が戻る気がした。


 だけど、鏡を見られなかった。


 視界の端にある“自分の顔”が、今は、どうしても怖かった。


 震えは収まらず、胸の内側をかきむしりたい衝動が湧く。


(⋯⋯一体、何に⋯⋯?)


 声に出すと泣きそうだったから、心の中に押し込めた。


 シャワーを止め、濡れた髪を適当に拭く。


 タオルを掴む手が、まだ震えている。


 ベッドに戻るが、壁の向こう側が妙に“映える”。


 視線を向けるのが怖い。


 そこに“何か”がいて、


 私が寝るのを、息をひそめて待っている──。


 そんな妄想めいた感覚が、どうしても払えなかった。


(寝なきゃ⋯⋯寝ないと⋯⋯。)


 ベッドに潜り込み、目を閉じる。



 瞬間。


 さっきまでの夢なのか現実なのか分からない感触が、また背中を撫でていった。


 私は布団を握りしめ、かすれた声でつぶやいた。


「大丈夫⋯⋯大丈夫⋯⋯、私は大丈夫⋯⋯。」


 呪文のように、「私」をなだめ続けた。


 結局、一睡もできないまま、カーテンの隙間から“朝の光”がじわりと漏れ出した。


 夜は終わったのに、恐怖は、まだ胸の奥に残ったままだった。

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