承・2

日が暮れ始めたさびしげな空の下、


 七草は予約していたビジネスホテルの前に立った。


「⋯⋯思ってたより、古いな。」

 外観は、昭和の頃から大きな改修もしていないような佇まい。



 入口のガラス扉は、わずかに傾いて閉じる時にカタリと鳴る。


「いらっしゃいませ。」


 受付の初老の女性はにこやかだったが、どことなく貼り付けた笑顔だった。


 ルームキーを受け取り、七草はエレベーターに乗る。


 チープなメロディが流れ、古い箱が軋みながら上昇する。


 部屋は、さらに"チープ"だった。


 薄黄ばんだカーテンには、小さな焦げ跡のようなシミがある。


 備え付けのベッドはわずかに沈み、金属フレームが軋む。


 壁の時計は、秒針が“カチ、⋯⋯カチ、⋯⋯カチ”と


 わずかに不規則に鳴る。


(……気になる。)


 七草はバッグを置くと、無意識に部屋の物を整え始めた。


 机の上に、やや傾いて置かれたテレビのリモコン。


 僅かに開いて窓が見えていたカーテンを、左右対称に整える。


「はぁ⋯⋯。」


 終わると、わずかに息を吐いた。


 自分でも分かっている——昔からこうなのだ。


(でも⋯⋯なんか落ち着かない。)


 しかし、その“整えた空間”すら、どこか他人の家のような異物感があった。


 壁紙の剥がれ、古びた匂い、沈むベッド。


 全部が、七草の“秩序”とは違っていた。

 


 シャワーを浴び終え、ドライヤーを止めた瞬間——


 部屋の奥が、ほんの僅かに暗く見えた気がした。


(⋯⋯?)


 何も無い。照明の加減だろうか。


 ベッドに横になり、天井の染みをぼんやり見つめる。


 不規則な時計の音が、やけに鼓膜に刺さる。


(⋯⋯眠れないな。)


 だが、眠らなければ明日も動けない。


「⋯⋯大丈夫、大丈夫。」


 七草は小さく自分に言い聞かせて、目を閉じた。



 眠りに落ちる直前。


 薄暗い壁の向こうから、誰かが見ているような“気配”がした。


 七草はその違和感に気付かないふりをして、眠りについた。

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