承・1
駅を降りた瞬間、七草は思わず肩をすくめた。
遠くに山並みが見える、小さな地方都市の郊外。
湿った冷気が肌を撫で、都会よりも重たい空気がゆっくり漂っている。
ひんやりとした風に、土と枯葉の匂いが混じっている。
想像していたよりも小さな町だった。
古いアーケードは半分ほどシャッターが降り、営業中の店も、どこか色褪せて見える。
通りに面したガラス戸には、貼り替えられていない褪色チラシ。
商店街のアーチには蜘蛛の巣が薄く張っていた。
(⋯⋯夢のことは忘れよう。)
そう思うほど、夢の“感触”は逆に濃くなる。
言葉は覚えていないはずなのに、胸の奥で粘つくように残っていた。
あれは本当に夢だったのか?
問いかける自分を、七草は慌てて振り払う。
(仕事に集中。まずは聞き込み。)
気合いを入れ直し、七草はメモ帳を片手に歩きだした。
駅前のタクシー運転手に声をかけてみる。
「すみません、この地域で⋯⋯1987年に起きた事件について──」
「昭和の事件? あぁ⋯⋯いやぁ、知らんなぁ。」
笑ってごまかされるだけ。
近くの商店街では、若い店員が首をかしげ、
「そんな話、聞いたこともないですねぇ。」
と軽く流された。
続いて、商店の前で掃除をしていた女性にも聞いてみる。
「⋯⋯え、殺人? うちは知らないわよ。っていうか、よそで聞いてくれる?」
その言い方は、警戒というより“不快”に近かった。
(そんな扱いされる事件って⋯⋯?)
それからも七草は何人かに声をかけたが、
「昔のことだからねぇ、覚えとらんよ。」
「人殺しなんて、この町であったかなあ?」
「⋯⋯あんた、何でそんな昔のこと調べとるの?」
住民の反応は、どれも似通っている。
無関心。
あるいは、“触れてはいけないもの”を避けるような沈黙。
表情を読み取ろうとしても、誰もが妙に硬い笑みで返してくる。
その“仮面のような笑顔”が、七草の胸の奥にじわりと違和感を広げていく。
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