プロローグ・3

 翌朝。


 目覚ましの音が、いつもより妙に耳に刺さる。


 七草はぼんやりと身体を起こし、ゆっくりと伸びをした。


 シャワーを浴びても、頭の奥に薄靄のように眠気が残っている。



 昨夜感じた“視線の気配”は夢だったんだと、自分に言い聞かせながらも、心のどこかに小さな違和感を感じていた。


(変な夢でも見てたのかな⋯⋯。)


 そう呟き、マンションを出る。


 11月の朝は冷たく、背中をすっと撫でるように通り抜けていった。


 通勤電車に乗り込むと、スマホを取り出し、日課であるニュースチェックをしていく。


 満員電車の中、周囲のざわめきが遠く感じられる。


(⋯⋯ん?)


 スクロールしていた指がふと止まる。


 あるまとめサイトの記事タイトルが、妙に目を引いた。



【未解決】1987年・地方町で起きた“恋人殺害事件” 不可解すぎる犯人の言動【閲覧注意】



(⋯⋯こんなの、あったっけ?)


 七草は眉をひそめた。


 記者として、こういう「怪しい噂」には慣れているはずだった。


 だがその記事だけは、タイトルを見た瞬間、胸の奥がぞくりと冷える。


 クリックする指が、わずかに震えた。

 


 ──今から、約40年前に、とある県で発生した殺人事件。


 加害者は恋人である女性を殺害し、その直後に自らも命を絶った。


 事件前、加害者の男性は意味不明な事を言い続け、周囲の人々は距離を置いていたらしい。


 記事の内容は薄く、信憑性も乏しい。


 けれど──


 七草は記事を閉じることができなかった。


(⋯⋯この事件、追ってみたいかも。)


 軽い興味、のはずだった。


 少なくとも、この時までは。


 昨夜感じた気配が、ふと頭をよぎる。


 誰かに「見られているような。」


 電車が揺れ、七草は我に返った。


 画面には、事件現場とされる県の名前が表示されている。


(⋯⋯取材、行けるかな。)


 そんな好奇心を胸に抱えながら、七草はスマホを閉じた。


 その瞬間、背後の窓ガラスに映る自分の顔が、なぜか、一瞬だけ違う表情をしているような気がした。


 七草は小さく目を細めたが──


 電車が駅に到着し、人の流れに押され、その違和感は流されるように消えていった。

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