番外編「獅子王の初恋」
ミコトという人間をアルバ王国が『贈り物』として寄越してきた時、俺――カイゼル・レオン・ライオネルは、心底うんざりしていた。
また政治の道具か。謁見の間に現れた男は、獣人たちの中に混じると今にも折れてしまいそうなほど細く、貧相に見えた。魔力もないという。まさに『つまらん人間だ』。これが第一印象だった。
しかし、その男は言った。「知識で国を豊かにしてみせる」と。その細い身体に似合わない、強い光を目に宿して。面白い。どうせすぐに泣き言を言うだろうが、少しだけ遊んでやるか。軽い気持ちで与えた『食』の課題。
結果は、俺の想像を遥かに超えていた。燻製、塩漬け。口にしたことのない深い味わいは、俺の舌だけでなく凝り固まっていた常識をも揺さぶった。
次に奴が手を付けたのは『衛生』。菌などという目に見えぬ存在を語るミコトを大臣たちは嘲笑ったが、結果として乳児の死亡率は劇的に低下した。民がミコトを『賢者』と呼び始めた時、俺は認めざるを得なかった。こいつは、本物だ、と。
奴への興味は、次第に別の感情へと変わっていった。
子供たちに文字を教える穏やかな横顔。俺の問いに、書庫で目を輝かせながら答える熱心な姿。そのどれもが、俺の心を惹きつけた。気づけば、執務の合間にミコトの姿を探すのが日課になっていた。
決定打は、あの若い狼の騎士――リヒトと、ミコトが城下で親しげに笑い合っている姿を見た時だった。
胸の奥が、焼け付くように熱くなった。腹の底から黒い何かがせり上がってくるような、不快な感覚。あの騎士の手をミコトの頭から叩き落としてやりたい。ミコトを、自分だけの腕の中に閉じ込めてしまいたい。
その感情の名が『嫉妬』であり、俺がミコトに『恋』をしているのだと自覚したのは、それからしばらく経ってからだった。
王である俺が、何一つ特別な力を持たない一人の人間に、どうしようもなく心を奪われてしまった。
古代の鋼を復活させたあの日、俺は決めた。この宝は、誰にも渡さない。どんな手を使っても、俺のものにする。
全貴族の前での求婚は俺なりの最大の誠意であり、そしてミコトを逃がさないための、緻密な計算に基づいた布石でもあった。
まあ、その後の彼からの逃げっぷりは計算外だったが。
今、腕の中で眠る小さな温もりを感じながら思う。
ああ、俺は、この青年に会うためだけに王として生まれてきたのかもしれない。
冷徹な王が初めて知った初恋。それは、俺の人生で最も甘く、そして手強い獲物だった。
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