第2話

俺の名前はユーク、世界最強の魔王である妹の兄だ。


昔から妹は魔王の素質があると、魔族の皆から注目されていて。俺は完全に妹に纏わりついていた邪魔者であった。


分け合って今は妹のそばから離れて、人間の世界でのんびりとした一人暮らしを始めた。


これも妹が人間の世界を支配してくれているおかげでもある。


「はぁ……今日も平和だぁぁぁ」


朝早くから自分で建てた家の扉を開けて体を伸ばす。平和が一番をモットーにしている俺、魔族の世界では常に弱肉強食。


強い者が正義であり、弱い者が悪い。


そんな世界で育っていたが人間の世界ではそんな事を気にする事もなくのんびり暮らせている。


「さて、今日は何をしよう……ん?誰かがこの森に入って来たのか?」


家の近くで空を飛んでいる、俺が飼っていた動物達が下に降りてきて教えてくれた。


「人間の女の子が迷い込んだのか……確かに小さな村が近くにあったが、ここは村からも少し離れているから、誰も来ないと安心してたんだけどな……」


妹が人間の世界を支配しているとはいえ、魔族の俺を見ると怯えられるのが目に見えていた。


どうしようか迷っていると、今度は森の雰囲気ががらりと変わる。


「魔獣か……はぁ……せっかくの俺の平和が」


とりあえず、人間の女の子が魔獣と出会う前に保護しようと、動物達が女の子を見たという場所まで急ぐ。


「あ……う……」


「あー、間に合わなかったか」


林の影に見つからないように隠れる。

どうやら着くのが少し遅かったようだ。俺が見つけるよりも前に、人間の女の子は既に魔獣と出会っていた。


しかも完全に怯えて地面に倒れ込んでいる。魔獣はすぐにでも人間の女の子を食べようと襲おうとしている。


「ラビットか……あれくらいなら俺でも倒せるが……問題は……」


ラビット、人間の世界では一番見かけられる魔獣だ。名前の通り姿は兎。


だがとても獰猛で巨体である。最低で二メートルくらいの大きさを誇っていて、巨体にも関わらず素早い動きをするので普通の人間では見つかったらすぐに逃げなければ食われてしまう。


ラビットが完全に人間の女の子を食べようと動き始めようとしていた。


「仕方ないか……」


林の影から飛び出して人間の女の子を抱き抱えてラビットから逃げるように走る。


「!?……あ、あの。あなたは!?」


「喋ると舌を噛むかもしれないから、今は黙っていてくれ」


走って森から離れて、小さな村が見えてきた所で、抱えていた人間の女の子を降ろす。


「ありがとうございます。助けてくれて」


人間の女の子は純真な笑顔を浮かべてお礼を言ってきた。


フードで顔を隠しているから、一応俺が魔族だとバレていないだろうが、ここまで人間に感謝を伝えられたのは久しぶりだったので少し恥ずかしくなる。


「あそこは少し危険だから、今度から一人で出歩かないようにしておいた方がいいよ」


「でも……お父さんとお母さんが森に行くって言ったきり、帰って来なくて……」


どうやらこの子はあの森に両親を探しに来ていたようだ。そういえば最近、森の中で人間の死体を二人見つけた。


もしかしたら、その人達がこの子の両親だったのかもしれない。


しかもその二人の死体は、魔獣ではなく、誰かに人間の武器を使って殺された跡が残されていた。


「そうか……」


まさかこの村の連中の誰かが、この子の両親を殺したのかもしれないのだろう。だがこれ以上、俺が踏み込む訳にはいかない。


もし踏み込んでしまえば、俺の存在が人間達にバレてしまう可能性がある。


「よかったら――」


「あんたかい、ミルちゃんを森から連れて戻ってきてくれたのは」


どうやらいつの間にか村の住人であるおばあさんが近寄ってきていたらしい。


「はい、たまたま森でラビットに襲われそうになっている所を見かけたので」


「そうかい、ありがとうね。両親を探しにいくと森に行って戻ってこないから心配していたんだ。ミルちゃんご両親ならさっき帰ってきたよ」


「本当!?」


「ああ、家でシチューを作ってミルちゃんの帰りを待っているから早く行ってあげなさい」


「うん、わかった。お兄ちゃんも、私のことを助けてくれてありがとねー」


純真無垢な笑顔で手を振って家に向かって走る人間の女の子。


「お前さん、同類だろ」


おばあさんの雰囲気が変わった。まさかこんな辺境の村で人間の姿に化けた同類と偶然出会うなんて。


「村の中から血の匂いがするが、まさか人間を殺したのか……?」


村中の至る所から血の匂いが鼻に漂ってくる。こんな所で、魔族の鼻のよさが輝いて欲しくないんだが。


「最近この村を見つけてね、少しの間人間の老人に化けて世話になっていたんだよ。多少の人間を殺したくらいでそんな顔をするなよ、同類なんだから。あの森から異様な雰囲気を感じて、人間を二匹森に置いてきたが。どうだ美味かっただろ」


「人間を喰うわけがないだろ。お前、もしかして魔界を追い出された魔族か……?」


「あー、確かに数年前人間を殺しすぎて、魔界に帰れなくなったよ。なんか人間と魔族の平和同盟なんかが結ばれたせいで、人間を殺すこともできなくなったし。あんたも私と一緒じゃ――」


「俺をあんたと一緒にするな」


お喋り好きでよく喋る魔族の婆さんの与太話なんかに付き合っていられず、婆さんの前に立って首をへし折る。


「魔族の体は多少丈夫だが、人間に化けた時は体の作りは人間とほとんど同じだ。首をへし折れば簡単に死ぬ、人間に化けることなく魔族の姿のままだったら死ぬ事はなかっただろうな」


「お前、その顔……なんで――魔王様と瓜二つの顔を――」


どうやらいつの間にか風でフードが外され顔があらわになっていたようだ。まだ息があった婆さんは俺の顔を見て驚いていた。


「はぁ……俺はただ殺し合うことがない平和を望んでいたんだ……だから今回の件はお前の命で償ってもらう、同類だ。苦しませることなく死なせてやる」


「悪かった、謝るから殺すのだけは勘弁してくれ」


「この村の住人達を皆殺しにしたお前を、生かしておくことはできない。村の住人達の為に死んで詫びろ」


「――ぁぁぁぁぁ――」


婆さんの体は黒い灰になって、風に吹かれて空の上に流れていく。


「最後にやらなければいけない事が残っているな」


「あ――お兄ちゃん、さっきのおばあちゃん。私に嘘ついてたんだ。まだお母さんとお父さんも帰ってきてなくて……それに私の妹が地面に血を流して倒れているんだ……お兄ちゃんなら助けてくれるよね……?」


「悪いが、人間を蘇生させるなんて芸当、この世界だと神様くらいにしかできない。俺が神様に見えるか?」


さっき俺と別れた人間の女の子は家の前に倒れていた子供を抱きしめながら俺に尋ねてくるが。

人間を蘇生させるのは魔王である妹になら可能だったが、俺では不可能であった。


「悪かったな、助けられなくて」


両親と妹を亡くしてしまった人間の女の子の頭を撫でる。人間の女の子はその日一日中ずっと泣き続けていた。

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