第0章 第十話

 「今日はありがとうございました。我々関西八神の当主、玄斎殿のご冥福をお祈りし、我々で関西屋敷を再興していきます。」

そう痛々しい程泣きじゃくった声で言ったのは、関西八神屋敷で玄斎殿の一番弟子の人だった。お昼丁度にお葬式が終わって、棺桶を運ぶことなく終わりという事だった。

 古塚のばあちゃんは玄斎殿の遺体の前でうずくまっていた。その姿を見て、胸が苦しく。重くなった。足を門の方へ向けて歩く。

何度も誰かの葬式に出ているもののいつになっても、この空気には慣れられない。


 「怜利!」

そう呼ばれて振り返る。この声は将だ。

「将さん、こんにちは。」

後ろに立つ大きい身長の上にある顔を見上げる。

「おう、怜利ー。大きくなったなぁ。」

将さんは会う度、大きくなったな、と言う。実際、身長はそこまで伸びていない。頭の上に掌の重みを感じる。

「今日は、達也殿の葬式と重なってたのでは?」

儀式で出てしまった死者は今日、所を変えて葬式となっている。

「いいんだよ…。あいつとは仲悪かったからさ、怜利も知ってるだろ?」

将さんの家に居たころ、ずっと喧嘩していた。たまには達也殿から仕掛けた戦闘もあったほどだ。

 将さんは悲しみを携えた眼差しで、玄斎殿の身体が眠る慰霊塔を見る。

「玄斎殿には、幼い頃お世話になったからな…。」

独り言のようにつぶやく。


 「なー怜利…。当主、おめでとう。」

にこやかに私を見つめてきた。胸の奥がヒリヒリと痛かった。

 「では。私は、一般術者としての最後の仕事が残っていますので」

そこまで言った途端、将さんは決まり文句を言う。

「気張れよぉ!」

手を振る将さんを無視して、痺れる脚をうごかして走り出す。


 「ただいまー」

任務を片付け、陽が暮れるころに、屋敷に着いた。私は研究棟に向かった。

いつ見ても屋敷が広すぎて迷わないか不安になる。屋敷の中を通る。

 「おかえりなさいませ。」

歩いていると、後ろに二人付いてきて来る。ナツとフユだった。どちらも式神だ。

 現在、関西屋敷の方へアキを残してきた。再興に役立ってほしいところだ。

「着替えの方はどうしますか?」

「後でいいよ、早めにやらなくちゃいけないことがあるんだ。」

「承知いたしました。」

そう言ってフユは姿を消す。フユがいなくなったと思ったら、今度はナツが口を開く。

「当主就任にあたり、たくさんの屋敷の者から贈り物が届いております。それらはどういたしますか?」

新当主の出身屋敷に、面倒な者を封じた呪物を贈るのが八神の風習だった。

「とりあえず、呪物庫の方へ積んでもらうようにお願いできる?」

「承知いたしました。」

やっと静かになった。


 「お、おかえり、怜利!」

この笑顔は成羅だ。

「ほら!二人とも~、怜利帰ってきたよ!」

「おー怜利帰ってきたかよ、おっそいなぁ」

「おかえい」

今の今まで組手をしていた疾風と幸璃だった。

 彼らの笑顔は胸の痛みを癒してくれる。

 「ごめん、ちょっとまた後で話そう、」

そう言って寄ってきた三人を置いてけぼりにしてしまったが仕方ない。


 研究棟に入り、扉を固く閉ざす。

窓も何もかも隙間なく締めた。

大きな作業机を移動して、真ん中を空ける。

 少し痛いが、腕に刀で切り込みを入れる。うちの料理頭からもらった瓶の中に血を流し、溜めていく。

そして、玄斎殿の左手の親指を取り出す。


 止血をして、血の溜まった瓶の中に筆をいれる。

床に直接、陣を描いていく。


 書き終えて、その真ん中に玄斎の指を置く。

そして、陣の端にある円の中に手を置く。

 徐々に指の断面から、妖力が出て、生気も取り戻していく。

陣に妖力が吸われていく。それはそうだ、元々の大きさと釣り合っていないのだから。

身体が形作られていく。血管らしきものが伸びていく。そこの中心にその細い線が一か所に集まる所があった。

 それが心臓だと分かった瞬間、一気に妖力のほとんどを吸われ、陣が崩壊した。陣が消え去って、親指も陣と共に消えた。

 「やっぱりダメか。」

床に寝転がり、天窓を見つめる。暗くなっていて、空は太陽の余韻を感じる紅さだった。

 あのめんどくさそうな印を組んだ。


 一時間か経った頃、やっと最後の三つの印になる。

印を組み終わり、術輪が左手首を一周する。どうすればいいかもわからずに、そのままにしていた。

すると、体の中で。何かが変わったのが分かった。

ふと、古塚のばあちゃんが頭をよぎった。どうやら成功したらしい。


「よろしくね。玄斎殿。」

左手首が少しだけピリッとした。

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2025年12月29日 00:00
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