第0章 第八話

 術を纏った拳同士がぶつかる激しい気を感じる。火花のような妖気が散っていた。

空気が震え、耳の奥で鈍い音が響く。

 細々としたガキが、六尺を優に超えるであろう細マッチョ男と対等以上に組み合っていた。周囲の大人たちは唖然として、舞のようでいて激しさを増す炎のごとく、異様な攻防をただ眺めていた。


 一瀬の拳と怜利の腕がすれ違う瞬間、妖力の爆発が起きる。丁度、水の中で気泡を発する爆弾のように。

腕に炎術を纏わせ、燃えた拳を怜利に向ける。しかし力の入り切る前に怜利に触れられ、除呪で炎術をかき消される。


 立て続けに怜利の頭を狙って拳が放たれる。その拳に手を添えて、流れる様に捌いていく。その動きがあまりにも繰り返されるため、舞のように見えるのだろう。

拳は怜利の身体を決して向かない。手捌きが明らかに熟練された動きだった。そこに、蹴りが入ろうが怜利が怯むことはない。

脛に肘を入れる、関節技を極める、少しずつ一瀬の体力を削っていく。


 見てみればすぐに分かるものだ。大男は汗を垂らして妖力が荒れ、息も乱れているのに対して、少年は汗を垂らしながらも一切妖力を乱さず、規則的な呼吸が続くだけだった。単に純粋な身体が運動した分だけ汗を流すだけというように。


 一瀬は焦っているのだ。術式であれば力量の差は理解できたはず、そう思っているに違いない。躰術でさえも少年に力が及ばないという事に気付いたのだった。焦りは目に見えてわかる。

力任せの打撃。蹴り

一瀬は怜利から距離を取り、もう一度構え直そうとする。しかし怜利はそこを見逃さなかった。構えを取ろうとして後退したその瞬間、防ぐ一方だった怜利が多く前に踏み切り、拳を向ける。

怜利の動きに意表を突かれて、一瀬は詠唱をした。

「『火術 火種』!」

怜利と、一瀬の間に爆発が生じる。熱風と衝撃波が広がった。大人共は皆見とれていたせいでまともに爆術を喰らった。俺もその一人。熱風で前面が焼かれた。爆風を受け、身体が吹っ飛んだ。


 「いってぇ、」

目を覚ますと、爺が横で胡坐をかいていた。食い入るように二人の戦闘を見ている。爺の視線を辿って先程よりも激しい気の乱れに目を当てた。

「信じられるか…玄斎。あのヒョロガキ、一対四じゃ。」

ありえない程の速さで四方から来る攻撃を躱してそれぞれの腕に、足に、脇にと反撃していく。大人四人の攻撃を完全に受けきり、しかし問題になる怪我を負わない。

 一体、怜利の邪魔をせずに現状を打開するのにはどうすればいいものか。

 一瀬に加え、氷術の刀使い、炎術のロン毛、言の影山。揃いも揃って精鋭だ。周りで見てるのはほとんど肉体戦を得意としない術者だ。そう考えれば、あの早業だらけの組手に入るのは俺しかいない。


 「爺、どうせ当主狙ってないだろ?」

爺は俺の父親と共に当主争い終盤まで残った強者だ。

「もちろんじゃ、体裁悪くならんよう出てきただけじゃ。」

釘付けになりながら爺は答えてくれた。そして、目を瞑る。

「お前が何考えているのだか儂には分からん。が、やるべきことがあるんじゃろう。儂はここでリタイアする。玄斎、気張れ。」

そう言って儀式の説明を受けた時に示された印を組む。


 爺の姿が見えなくなると同時に。俺は覚悟を決める。


 息を深く吸い、胸を落ち着かせる。ゆっくり、ゆっくりと術式を組んだ。父親に術式を習い始めたころを思い出す。重い金棒を取り出す。宙に浮かんだ金棒を強く握る。


 「ここからが俺の戦だ。」


 『清めの儀式』前はこれをやると、妖力不足だったが今や力が溢れかえっている。

拳を高く上に挙げる。腕の周りに術輪を回し、雷を込めていく。すると少しずつ周りの空気がスパークしていく。放電させずに限界まで溜め込んでとにかく蓄える。

 そのスパークに気付き、見ていた大人共は俺からも距離を取る。どこまでも保身主義というわけだ。

「なあ、四対一は卑怯じゃないんか?精鋭さんよ…」

 四人の動きが止まり、怜利は後ろに飛び距離を取る。怜利はちらっと目を向けてきた。息を切らし、妖力を乱していた。脇腹辺りが赤く染まっていた。その他にも所々切れているようだった。


 「雷撃!」

空気が震える。スパークがより一層激しくなる。

四人の方へ腕を下ろす。それと同時に妖力を出し切る勢いで特大雷撃を放つ。閃光となって四人の方へ飛び向かっていく。

 脚に術式を掛け四人へ突進する。出来ることは多対一じゃない。一人ずつ潰していくことだ。

四人に雷撃が着弾するかと思ったが、やはり精鋭である。一瀬とロン毛は避け、一瀬は怜利の方へ向かう。ロン毛は俺の方へ術式を放つ。これは火走りだろう、追尾性の範囲術式だ。地面に触れなきゃ、追尾もくそもない。

氷術の野郎と影山は土術を使う。それで防ぎきるつもりだろうが、金棒が待っちゃいない。金棒を振りかぶり、突進と同時に土壁を叩き砕く。その勢いで金棒に宿っていた雷撃があらぬ方へ飛んでいき見ているだけの者共を散らせる。見ていた者どもはほとんどいなくなった。失格なのだろう。


 影山が金棒を振り切った瞬間飛び込んで来た。この若造は怯えたような顔をして拳を振りかざす。俺の対応の仕方を知ってもなお、俺に勝つために突っ込んでくるとは。残念だな。

顔面に思い切り横蹴りを入れる。

ぶっ飛んでいく影山から目を離し、足を狙う刀に集中する。刀の軌跡が白く凍てつく。触れた瞬間凍傷になるだろう。

刀により強い氷術を纏った鋭い一撃だった。分厚いコートを脱げば、良い体をした男だった。

身体を捻り、狙われた方と逆の足で刀の峰を踏んだ。鍔を引いた方の足で蹴る。

 一瀬の爆術を金棒で除ける金棒が触れた瞬間真っ赤に燃え上がったが、威力は大きくない。一瀬が怜利に向かうための移動に使ったのだろう。さしずめ撒菱代わりだろうか。

爆風を利用して身体を捻る。片手で氷術使いを殴りつける。


 怜利の方を目に映す。見る限り、怜利は逃げながら術で距離を取っている。問題ないが、妖力切れが起きるだろう。

金棒をぐっと握りしめる。鍔に引っ掛けて身体を回転させる。脚を開き氷術男を蹴り飛ばして、立った影山にもう一度雷撃を放つ。回りながら横目でとらえた一瀬に金棒を投げつける。

気付いた一瀬は、走っていた体勢のまま身体を反転させ、仰向けにした。金棒を掌で掴まえてその勢いのまま加速した。


 怜利は一瀬が元の体勢にする瞬間、鎖を足に絡ませる。

そうこう見ているうちに右脇腹に殺気を捉えた。背後を見た。刀が届きそうになっていた。

必死で黒い地に足を着け、思い切り飛ぶ。足元が燃え盛っていく。氷術男も火を避けて飛び退く。

 妖術を感じて左に身体を向ける。回転の勢いのまま雷撃を放つ。ロン毛が印を組み、術式の前段階に入っていた。影山がロン毛の前に割り込んで『対術言』を雷撃に向かって発する。

雷撃が消えた。対応を急ぐべきところなのに、刀の一撃が飛んでくる。ただでさえ広い『火走り』の余韻の外から跳んで、俺に向かって突きを放ってくる。氷術の乗った致命的な突きだった。


 くそ、これまでか。

怜利の方を見る。

一瀬の家術『獣化』の印を組んでいた。怜利の鎖で動きを止めたとしても、一瀬の獣化はもはや誰も止められない。

怜利は、俺の方へ向かってきていた。とてつもない速さで。


あぁ、諦めろよ。天才。

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