第0章 第七話

 高台にいる者を凝視していたが、目の前の小娘はそう甘くなかった。無詠唱で土壁を穿つ水撃を放ってくる。必死に避け続けるが、土壁に移動を阻まれる。

目の前を過ぎていく水弾に服が抉られていく。そして、当たった土壁がすぐさま爆発して消える。恐ろしいものだ。


 まだ残った土壁に張り付きながら、小娘の元へと寄っていく。

 しかし今度は、結界の薄明り中でも分かるほど、俺の影が動き出した。怪訝に思って、周囲を見ても、影がうねうねと揺れる様に消えていく。よりにもよってこんな時に、猛者が出やがった。


 水弾を避けながら、ずっと付いてくる円い影に話しかけてみる。

「おい、ジジイ!見ての通り分かるだろ、あんたとやり合ってる暇なんかないんだ!ちょっと後にしてくれ!」

声を上げたせいか、水弾の連射が止まらない。しかも、ちょっとずつ動きながら撃ってくるのだからタチが悪い。常に動き続けなければならない、真面目に猛者を交えて戦うことなど無理なものだ。


 ドゴォオオンと大きな音を立てて岩が落ちてくる。これには小娘も水弾を止める。結界の内側が震えるほど、何度も何度も降り注ぐ。俺はたまらず影に話し続ける。

「ジジイ!やめろ、これじゃ潰し合えるもんも潰せねえじゃねえかよ!」

そう言うとすぐに止む。

 これだから爺は憎めない。また水弾が流れてくる。躱しながら小娘へ突撃する。しかし、小娘は術式を二つ使う『平行詠唱』のさらに高難易度『平行無詠唱』をしていた。波陣を使いながら、水撃を放つ。突撃すればするほど、距離が離れていく。そして、そっちの方向は爺のいる方だ。果たして、この小娘は分かっているのだろうか。


 走り追いかけていくと、途中から二人追加で小娘を追いかけていくのが見えた。

「おいおい、小娘相手に三対一かよ、」

とか呟いてしまったが、仕方がない。機動力があるクセして攻撃力も高いのだ、一対一では時間がかかるものだ。

 視界に映る、爺がいたはずの高い土壁。その上に人の姿はなかった。爺も本領発揮するのだろう。


 妙に横でトテトテと足音がした。ちらっと見たが、爺が横で走っていた。驚きで言葉が出なかった。

「おぅ?やっと気づいたか、うつけ。」

「うるせぇ!いつからいやがる、」

「ついさっきじゃ。怜利を探しに行こうと思ってなぁ。あいつも狙われておって、面倒やなぁ」

爺が人を名前で呼ぶことなど珍しい。

「お、ぼーっとしてると死ぬぞうつけ!」

前方に向いてみれば、真正面から激流が押し寄せて来ていた。前方にいた者ども二人は『木術』で壁を作ったり、『除呪術式』で水の勢いと対抗していた。それを見て、俺は思いついた。

「爺!水に触れんなよ!」

怪訝な顔をして、爺は後ろ向きに跳んで俺を見続ける。


 目の前に迫るでかい激流に身体を投げ込む、多少苦しいがやる価値がある。走り、押し寄せる大水に思い切って飛び込む。川に流されているような感覚だった。必死に食らいつこうとすればするほど、体力が持っていかれる。

 「 雷術 」

口に水が流れ込んでくるが関係ない。集中する。

「 攻呪 」

殲滅するイメージを高める。雑念などはいらない。身体のド真ん中に力を込める。ぐっと力を蓄えて背が破裂しそうになるまで溜め込む。

「 『雷霆』 水 」


 四肢が滾るように熱い。雷鳴の音が身体に轟く。水が裂けていく。気泡が弾ける。焼けるような、爆散するかのように四肢から溜め込んだ雷を水中に放出する。身体の震えを感じた。やはり、自らを巻き込むのは呪力的にも体力的にも、キツイ。


 目を覚ますと結界の平らな地面とは違う、ざらついた地に頬を着けていた。視界は真っ暗だ。しかし、光が入っていないだけで、結界内にいるのは確かだった。外からは、音がする。風が吹いているような、何かが弾けているような音が立て続けになり続ける。


 身体を起こした瞬間、頭上から石が落ちた。ようやく気づく。これは爺の岩術。俺を守るために、厚い岩殻で覆ってくれているのだろう。爺には世話になる。

「…でもよ…閉じ込められたままでいられるか。」


 外で戦っている気配は三つ。木術痩身の術者、炎術の長身の範囲術者、そして爺。揃いも揃って有名な三人がいるのなら、ただの小競り合いじゃ済まない。俺の雷霆で集まってきた術者どもだ。ここで寝ているわけにはいかない。


 手のひらを地面につき、ぐっと力を込める。全身に残っている呪力を、一点に集中させる。岩殻の内側に、ひびが入る感触が伝わった。


「爺……悪ぃ。」


 拳を握る。

 岩殻の継ぎ目に向けて一気に叩きつけた。拳がめり込む。


 バキィッと乾いた音が響く。小さな亀裂が走った。結界の薄い光が、その割れ目から差し込んでくる。さらにもう一撃、躊躇せずに放つ。ひびが広がり、砂がぱらぱらと舞う。


「……開け。」


 最後の一発をぶち込むと、岩殻が破裂するように外へ弾けた。眩しい光が視界いっぱいに溢れ、戦闘による風圧が頬を過ぎる。

 そこには、木術の根と炎の閃光、そして爺の闇が絡み合っていた。まさに混戦の真っ只中だ。


 玄斎は、ふらつく足に力を込めながら立ち上がった。

「……さて、やるか。」

俺は爺の岩柱から飛び降り地面に拳を放つ。

「 『雷術 落雷』!! 」

稲妻の音が結界内に響き渡る。


 地に降りた瞬間、大きな根が波打ち勢いよく向かってきた。

「『雷術 稲光』!」

足に力を加え、一気に根っこの上を走っていく。術者の下へと辿り着いた。やはり、ひょろ眼鏡だ。目が合った瞬間、振りかぶった右手の方へ炎が盛ってきた。避けられる大きさではない。

 「邪魔くせぇ、」

展開した術式から馴染み深い金棒を取る。取った勢いのまま、炎を巻き金棒に宿す。握ると手が焼けるほどには熱い。


 「玄斎!それをこっちへ投げい!」

爺の声がした方向へ思い切り投げる。それを阻むように眼鏡が根をくねらせてきた。しかし、爺には敵わない。そこらじゅうの影という影から腕が伸び、金棒が根にからめとられる前に掴んだ。その瞬間、腕が痩身眼鏡に腕を進める。

 横から迫る火柱を躱した。ロン毛に向かって雷撃を放つ。

ロン毛は、腕を翻す。激しい炎が伸びてきた。電撃がロン毛に届く瞬間、身体を捻るようにして避けた。横を見れば痩身眼鏡は、根を蛇のごとく動かして、爺の影の腕を締め付けようとする。眼鏡にも電撃を放つ。こちらは避けられずに当たったが、何とか耐えているらしい。爺の腕が俺の足を掴んだ。そのまま、思い切り引いた。体制を崩し、地面を眺めた。足元には陣が広がっていた。この陣は炎術のものだろう。元居た場所から火柱が大きく上がった。


 足を地面につけても、止まらない程速く足を引かれたが、元居た場所を見ればわかる通り、あの火柱を受けていたらやられていただろう。

「爺!ありがとう…、」

「安いもんじゃ」

爺の腕は、ヒョロ眼鏡を捉えて潰しにかかる所だった。根に金棒が刺さり、焼き焦げて固まっていた。


 激闘と表現できる程の戦いを繰り広げていると、地面が揺れた。結界の中を震わせるほどの戦いだと分かった。戦っていたロン毛も、潰れた眼鏡も余裕そうな笑みを浮かべた爺も俺も、みんな動きを止め、戦闘をやめた。

 ヒョロ眼鏡は爺の影の手から崩れ落ちて姿を消した。


 結界内に響く戦闘と言えば、爆術使いのあいつだ。


 誰もみんな揃って爆音の出所へ向かっていく。


やけに結界の中が無機質な空気に変わっていた。

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