第4話

絵夢は二年近くレッスンのため週末になると東京六本木の事務所まで通った。

高校進学が近づいてきた頃 事務所の役員から東京の芸能人御用達の学校を勧められた。会社の寮をあてがわれ 電車で事務所と学校に通う以外に時折りエキストラの仕事を貰いながら「夢を叶える」ため必死に頑張った。 嵩む学費のために祖父母が苦労している事も頑張るエネルギーに変えながら。


絵夢の本名は 辻森 幸子(つじもりゆきこ)。

絵夢のデビューが本格化したのは高校二年生に進級するというタイミングだった。

会社の社長はじめ役員が居並ぶ事務所の中で先ず、絵夢の専属となるMG(マネージャー、織本かなゑ)を紹介された後 芸名が「星野絵夢」に決まった事を告げられる。不思議な感覚で足が地につかず頭の中は真っ白で、社長が名前の由来を説明してくれたが殆ど耳に入ってこなかったが、これからは星野絵夢として思う存分暴れてくれ、と云う社長の締めのエールで一斉に拍手が起こり絵夢は目が覚めた。

デビュー曲は予め、一年も前から会社と縁の深い作詞家作曲家にオーダー済で 

やっと準備が整ったのである。

当初 若い世代からの支持は薄かったが、会社からの猛烈なアプローチで勝ち取った仕事で露出が増えるにつれ確実に動員数を増やしていったのである。



「言ったよね‼‼前回も、前々回も二度と繰り返さないと約束したね‼??私は、三度目はないと釘を刺した 忘れた??この馬鹿女‼‼‼」

MGはサイドテーブルに置いてあったマグカップを掴むと中身も確かめず絵夢にぶちまけた。マグカップには30分前に淹れたコーヒーが入っていたが既に冷めていて火傷の心配はなかったが 頭から浴びたコーヒーは絵夢の胸や床に滴り落ちた。

絵夢は言葉が出なかった。悪いのは自分だと云う事を重々承知しているからである。

「なんとか言わないか‼」 今度は絵夢の頬に平手打ちを浴びせてきた。

それも一発や二発ではない。 流石に絵夢は抵抗に転じた。飛んでくるMGの手を払い除け立ち上がって叫んだ。

「分かってる‼私が悪い‼ だけどやり過ぎじゃね‼⁇」 「なにが‼⁇」 「なに……がって……」 「やり過ぎは!お、ま、え‼‼もうーーーーーぜ~~~~んぶパア‼」

MGは目と口と両手を目一杯広げて叫んだ。   それはいくら何でも大袈裟だと思った絵夢だが、 「社長の耳に入ったよ」と言ったMGの一言に、平手打ちじゃなく

グーパンチを食らった気がした。

この事は絵夢と織本かなゑだけの秘密のはずである。 


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