第3話
書類の締め切りが迫って焦っていた絵夢の前に突然叔母が駆け込んで来た。
叔母は出迎えた絵夢の身体を無言で邪険に押しやると 台所で片付け物をしていた祖母に「ターボーがバイク事故を起こして……示談にしたいから、幾らでもいいから都合してくれ」 と、怒鳴る様に言った。ターボーとは18歳になる叔母の次男である。叔母の息子二人は幼い頃から問題ばかり起こすトラブルメーカーとして近所では鼻つまみ者だった。叔母は全ての責任は別れた夫とその家族にあると信じ切っている様だ、と、祖父から聞いた兄が絵夢に話してくれた事がある。
「そんな……年金だけが頼りの家に……」 祖母は片付けの手を休めずに 「できないね……」と言った。 叔母はジロリと絵夢を睨んでから口を歪めて 「あるでしょ! 俊平(兄)の積み立て!すぐ返すから!!貸してよ!お願い!お願い!助けて‼」
祖母は、それだけは出来ないと言った後 「今まで何度も……」と、ため息交じりに「返せないものを返せとは言わないが今回だけはダメだよ」 と、辛そうに、呟く様に言った。
それでも叔母は執拗に食い下がり、祖母の身体を揺すりながら「頼むから!すぐに返すから! 絵夢‼あんたからも頼んでよ!」と、矛先を絵夢に向けた時 運良く祖父が仕事から帰って来た。 困り切った顔の祖母と絵夢を見た祖父は眉をひそめたが、ダイニングの隅で震えていた絵夢の頭に手をやると「ただいま」と言った。
叔母は、まくし立てる様に祖父にも事情を説明し出した。
だが、祖父の返事も祖母と全く同じで「無理」の一言。 それから一時間近く叔母と祖父の応酬は続いたが 頑として折れない祖父に 泣き喚きながら三人に罵詈雑言の鉄砲玉を浴びせ足音荒く帰っていった。
「どこで子育てを間違えたのか……」と嘆く祖母に祖父が悲しそうに頷いた。
この時 絵夢の心の奥底で何かが跳ねた。
「わたし、スターになって……きっとスターになって……おじいちゃんおばあちゃんに恩返しするからね‼」 唐突に出た言葉だった。呆気にとられる祖父母は勿論 言った本人の絵夢さえびっくりしてしまった。
夕食を食べながら絵夢はオーディションに挑戦する意思を伝えた。兄はせわしなくご飯を口に運びながら祖父母と絵夢の顔色を眺めまわしている。
兄は、ついさっき叔母が金の無心に来た事を知らない。祖父母が苦労して自分のために積み立ててくれた金まで手を付けようとした事も。祖父母と絵夢の間には暗黙の了解が構築されていたのである。
絵夢は反対覚悟の上で心情を打ち明けたのだが、祖父母はちょっと驚いた様だが
案外すんなりと できる限りの事はやってあげるから頑張りなさいと認めてくれた。
「あれ……本気だったんだ……」と兄が間の抜けた声で言ったので絵夢は、認めてもらった嬉しさとある種の覚悟でマーブル模様な心持ちだった。
もう後には戻れない覚悟で臨む。 絵夢13歳の決心である。
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