第18話「銀月草」
拠点に戻った悠真は、すぐにバルドとリリアを集めた。
「一ヶ月の猶予を得た」
「本当か。セリナって女、話が分かるじゃねえか」
「だが、条件がある。一ヶ月後に、具体的な成果を示さなければならない」
「成果、か……」
バルドが、腕を組んだ。
「何をすればいい」
「特産品の開発だ。他の商人には真似できない、福祉ギルドだけの商品を作る」
悠真は、机の上に地図を広げた。
「リリア。お前の魔力感知能力を使えば、希少な薬草を見つけられるはずだ」
「希少な……薬草ですか」
「ああ。普通の人間には見つけられない場所に生えている薬草。それを採取し、高品質のポーションを作る。これが、俺たちの最初の特産品だ」
リリアは、少し不安そうな顔をした。
「でも、私……薬草の種類なんて、分かりません」
「大丈夫だ。俺が教える。薬草は、それぞれ独特の魔力を持っている。お前なら、その違いを感じ取れるはずだ」
「魔力の……違い」
「ああ。まずは、訓練からだ」
---
翌日から、リリアの新しい訓練が始まった。
「これが、普通の薬草だ。触ってみろ」
悠真は、乾燥させた薬草をリリアの手に置いた。
リリアは、薬草を指先で撫でた。
そして、目を閉じて意識を集中させる。
「……微かに、魔力を感じます。でも、すごく弱い」
「そうだ。普通の薬草は、魔力が弱い。だから、効果も限定的だ」
悠真は、別の薬草を取り出した。
「これは、少し希少な薬草だ。触ってみろ」
リリアは、同じように薬草を触った。
その顔が、驚きで変わった。
「あ……これ、さっきのと全然違います。魔力が、ずっと強い」
「分かるか」
「はい。さっきのは、ぼんやりした感じでしたけど、これは……はっきりしてます。輪郭があるっていうか……」
「素晴らしい。お前の感覚は、俺の予想以上だ」
悠真は、満足げに頷いた。
「薬草の品質は、含まれる魔力の量で決まる。魔力が強いほど、高品質な薬草だ。そして、最高品質の薬草は……」
「最高品質?」
「『銀月草』という薬草がある。月の光を浴びて育つ希少な草で、魔力は通常の薬草の十倍以上。これを使えば、最高級のポーションが作れる」
「銀月草……」
リリアは、その名前を心に刻んだ。
「問題は、銀月草の生育地だ。普通の場所には生えない。魔力が濃い場所、特に古い魔法陣の近くや、魔獣の巣の周辺にしか存在しない」
「危険な場所、ってことですか」
「ああ。だから、誰も採取しに行かない。だが、お前の感知能力があれば、危険を避けながら採取できる」
悠真は、リリアの肩に手を置いた。
「お前にしかできない仕事だ。やれるか」
リリアは、深呼吸をした。
そして、しっかりと頷いた。
「やります。私にしかできないなら、やります」
「いい返事だ」
---
三日間、リリアは薬草の魔力を感じ取る訓練を続けた。
様々な種類の薬草を触り、その魔力の違いを覚えていく。
最初は曖昧だった感覚が、少しずつ明確になっていった。
「これは……傷薬の原料です。魔力が、温かい感じ」
「正解」
「これは……毒消しの原料。魔力が、ちょっとピリピリします」
「正解。お前の感覚は、本当に鋭いな」
四日目。
悠真は、リリアを森の入り口に連れていった。
「今日から、実地訓練だ。森の中で、薬草を探す」
「はい」
「目標は、銀月草の生育地を見つけること。お前の感覚で、魔力が濃い場所を探せ」
リリアは、音杖を手に、森の中に足を踏み入れた。
バルドが、車椅子で後ろからついていく。
「何かあったら、すぐに言え。俺が守る」
「はい。ありがとうございます、バルドさん」
リリアは、意識を集中させた。
森の中には、様々な魔力が渦巻いている。木々の魔力、動物たちの魔力、土の魔力……。
その中から、特に強い魔力を探す。
「……あっちです」
リリアが、森の奥を指差した。
「北東の方向に、魔力が濃い場所があります。でも……」
「でも?」
「近くに、何かいます。大きな気配……魔獣かもしれません」
悠真とバルドは、顔を見合わせた。
「どうする、悠真」
「行く。魔獣がいるなら、お前が片付ければいい」
「了解」
三人は、リリアの指し示す方向へと進んでいった。
---
三十分後。
三人は、森の奥深くにある小さな空き地に到着した。
「ここだ……」
リリアの声が、震えていた。
「魔力が、すごく濃いです。それに……」
「何だ」
「地面に、何か……光ってるものがあります。魔力で」
悠真は、空き地の中央を見た。
そこには、銀色に輝く草が群生していた。
「銀月草だ……」
悠真の声にも、興奮が混じっていた。
「こんなに大量に……信じられない……」
「悠真さん、あの気配……近づいてきます」
リリアの警告と同時に、茂みが揺れた。
現れたのは、巨大な狼だった。
体長は二メートルを超え、全身が銀色の毛に覆われている。その目は、青く光っていた。
「銀狼……」
バルドが、弓を構えた。
「Bランク相当の魔獣だ。この銀月草を守っているんだろう」
「倒せるか」
「やってみる」
バルドは、車椅子を前に進めた。
銀狼が、低く唸った。
そして、雷のような速度で跳びかかってきた。
「速い……!」
だが、バルドはさらに速かった。
車椅子を横に跳ねさせ、銀狼の突進を避ける。
そして、すれ違いざまに矢を放った。
矢は、銀狼の脇腹を掠めた。
「浅い……!」
銀狼が、振り返った。
その目が、怒りで燃えている。
「リリア、そいつの動きを読め!」
「は、はい! 次は……右から来ます!」
「了解!」
バルドは、左に車椅子を走らせた。
銀狼の爪が、空を切る。
「今だ!」
バルドは、至近距離から矢を放った。
今度は、銀狼の前足に命中した。
「ガウッ……!」
銀狼が、よろめいた。
だが、まだ倒れない。
「しぶといな……!」
「バルドさん、後ろに跳んでください! 次は上から来ます!」
リリアの声に、バルドは即座に反応した。
車椅子を後方に走らせた瞬間、銀狼が上から襲いかかってきた。
「読めてるぞ、畜生が……!」
バルドは、跳躍する銀狼に向かって矢を放った。
矢は、銀狼の喉を貫いた。
「ガッ……」
銀狼が、地面に落ちた。
そして、動かなくなった。
「……終わりだ」
バルドは、弓を下ろした。
「やりましたね、バルドさん……!」
「ああ……お前の索敵のおかげだ、嬢ちゃん」
悠真が、銀狼の死体に近づいた。
「銀狼の毛皮と牙は、高値で売れる。これも、副収入になるな」
「抜け目ねえな、お前は」
「当然だ。無駄にできるものは、何もない」
悠真は、銀月草の群生地に目を向けた。
「さて、本題だ。銀月草を採取する」
三人は、慎重に銀月草を採取していった。
根を傷つけないように、丁寧に掘り起こす。
「これだけあれば、相当な量のポーションが作れる」
「ポーションって、どうやって作るんですか」
「俺が教える。今夜から、ポーション作りの訓練だ」
リリアは、両手いっぱいの銀月草を見つめた。
銀色に輝く草が、微かに魔力を放っている。
「私が見つけた……銀月草……」
「ああ。お前が見つけたんだ。お前にしかできなかった」
悠真の言葉に、リリアの顔が輝いた。
「頑張ります。最高のポーション、作ってみせます」
「期待している」
三人は、大量の銀月草を抱えて、拠点への帰路についた。
---
その夜。
悠真は、リリアにポーション作りの基礎を教えていた。
「ポーション作りには、三つの工程がある。抽出、精製、調合だ」
「抽出、精製、調合……」
「まず、抽出。薬草から魔力成分を取り出す。これは、水と熱を使う」
悠真は、鍋に水を入れ、銀月草を投入した。
そして、火の魔法で加熱する。
「温度管理が重要だ。高すぎると魔力が飛び、低すぎると抽出が不十分になる」
「温度は、どうやって分かるんですか」
「普通は、温度計を使う。だが、お前なら……」
「魔力で、分かるかもしれません」
リリアは、鍋に手をかざした。
目を閉じ、意識を集中させる。
「……今、魔力が溶け出してます。どんどん強くなって……あ、でも、これ以上熱くすると、壊れちゃいそう」
「素晴らしい。お前の感覚は、どんな温度計より正確だ」
悠真は、火を弱めた。
「次は、精製だ。抽出した液体から、不純物を取り除く」
精製には、特殊な布で濾過する方法を使った。
リリアは、濾過された液体の魔力を確認しながら、不純物が混じっていないかチェックした。
「最後は、調合だ。精製した液体に、触媒を加えて安定させる」
悠真は、小さな瓶から粉末を取り出した。
「これは、魔石の粉末だ。少量加えることで、ポーションの効果が安定する」
「どのくらい入れればいいんですか」
「普通は、経験と勘で決める。だが、お前なら……」
「魔力のバランスを見て、決められます」
リリアは、粉末を少しずつ加えていった。
そして、ある瞬間、手を止めた。
「これで……ちょうどいいと思います」
悠真は、完成したポーションを確認した。
透明な液体が、微かに銀色の光を放っている。
「……完璧だ」
「本当ですか」
「ああ。これは、最高品質のポーションだ。市場に出回っているどのポーションより、品質が高い」
リリアの顔が、喜びで輝いた。
「やった……私、できました……」
「お前は、ポーション作りの天才だ」
悠真は、ポーションを瓶に詰めた。
「これを量産すれば、相当な利益が出る。福祉ギルドの特産品、第一号だ」
「第一号……」
「ああ。お前が作った、最初の特産品だ。誇っていい」
リリアは、瓶を両手で大切そうに抱えた。
目には、涙が浮かんでいる。
「ありがとうございます……悠真さん……」
「礼を言うのは、俺の方だ。お前がいなければ、これは実現しなかった」
悠真は、立ち上がった。
「明日から、本格的な生産を始める。一ヶ月で、できるだけ多くのポーションを作るぞ」
「はい!」
夜が更けていく。
福祉ギルドの新たな挑戦が、始まろうとしていた。
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