第19話「市場の風」
それから二週間。
悠真たちは、ポーションの量産に全力を注いだ。
リリアは、毎日のように森に入り、銀月草を採取した。
バルドが護衛につき、危険な魔獣を排除しながら、安全に採取活動を行う。
そして夜になると、リリアはポーション作りに没頭した。
彼女の魔力感知能力は、品質管理において絶大な威力を発揮した。
「これで、五十本目です」
リリアは、完成したポーションを棚に並べた。
透明な瓶の中で、銀色の液体が微かに輝いている。
「素晴らしい。全て、最高品質だ」
悠真は、満足げに頷いた。
「これだけあれば、市場に出せる。明日、領都に持っていく」
「私も、行っていいですか」
「ああ。お前が作ったポーションだ。自分の目で、売れる瞬間を見届けろ」
リリアの顔が、期待で輝いた。
---
翌日。
悠真とリリアは、領都グランハイムに向かった。
バルドは、拠点の警備のために残った。
「気をつけろよ。何かあったら、すぐに帰ってこい」
「ああ。心配するな」
二人は、ポーションの入った箱を積んだ荷車を引いて、領都への道を歩いた。
「悠真さん、どこで売るんですか」
「まずは、エルマの店だ。彼女なら、適正な価格で買い取ってくれる」
「エルマさん……前に薬草を売った人ですね」
「ああ。信頼できる商人だ」
領都に到着したのは、昼過ぎだった。
二人は、まっすぐエルマの薬店に向かった。
「いらっしゃい。おや、悠真じゃないか」
エルマが、カウンターから顔を出した。
「久しぶりだね。今日は何を持ってきた」
「これを見てくれ」
悠真は、ポーションの瓶を一本取り出し、エルマに渡した。
エルマは、瓶を光にかざした。
その目が、見開かれた。
「これは……銀月草のポーションかい……?」
「ああ。リリアが作った」
「この娘が……?」
エルマは、リリアを見た。
盲目の少女が、最高級のポーションを作った。その事実が、信じられないようだった。
「品質を確かめてくれ」
「ああ、もちろん」
エルマは、瓶の蓋を開けた。
香りを嗅ぎ、少量を指に取って舐める。
その顔が、驚愕に染まった。
「……信じられない」
「どうだ」
「最高品質だ。いや、最高品質を超えてる。こんなポーション、見たことがない」
エルマは、瓶を握りしめた。
「純度が違う。普通のポーションには、必ず不純物が混じる。だが、これには全くない。完璧に精製されてる」
「リリアの魔力感知能力のおかげだ。彼女は、不純物の存在を魔力で感じ取れる」
「なるほど……だから、この品質か……」
エルマは、リリアを見つめた。
その目には、敬意が宿っていた。
「大したもんだよ、お嬢ちゃん。あんた、天才だね」
「あ、ありがとうございます……」
リリアは、照れくさそうに俯いた。
「で、いくつ持ってきたんだい」
「五十本だ」
「五十……全部、この品質かい」
「ああ。確認してくれて構わない」
エルマは、箱の中のポーションを一本ずつ確認した。
全て、最初の一本と同じ品質だった。
「……参ったね。これは、とんでもない商品だよ」
「いくらで買い取ってもらえる」
「普通の銀月草ポーションなら、一本金貨一枚だ。だが、この品質なら……金貨二枚は出せる」
「金貨二枚……五十本で、金貨百枚か」
「ああ。それでも、安いくらいだ。王都に持っていけば、金貨三枚でも売れるだろう」
悠真は、少し考えた。
「四十本を金貨二枚で売る。残りの十本は、サンプルとして他の商人に配りたい」
「サンプル?」
「ああ。このポーションの品質を、広く知ってもらいたい。そうすれば、次からはもっと高値で売れる」
エルマは、にやりと笑った。
「商売上手だね、あんた。いいだろう、その条件で手を打とう」
取引が成立した。
悠真は、金貨八十枚を受け取った。
「毎月、同じ量を持ってこられるかい」
「できる。いや、もっと増やせるかもしれない」
「なら、継続的に取引しよう。あんたのポーションは、うちの店の目玉商品になる」
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
悠真とリリアは、エルマの店を後にした。
---
「金貨八十枚……」
リリアは、信じられないという顔をしていた。
「こんなにたくさん……」
「これが、お前の能力の価値だ」
悠真は、金貨の入った袋をリリアに見せた。
「お前が作ったポーションが、これだけの金を生んだ。誇っていい」
「私が……」
リリアの目に、涙が浮かんだ。
「私、役に立ててるんですね……本当に……」
「当然だ。お前は、福祉ギルドの稼ぎ頭だ」
悠真は、リリアの頭を撫でた。
「さて、次はサンプルを配る。ついてこい」
二人は、町の中心部へと向かった。
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悠真は、いくつかの商店や冒険者ギルドを回り、ポーションのサンプルを配った。
「これは、うちの特産品だ。品質を確かめてくれ」
「福祉ギルド……ああ、最近噂になってるところだな」
「気に入ったら、取引を考えてくれ」
反応は、概ね良好だった。
ポーションの品質を確かめた商人たちは、一様に驚きの表情を見せた。
「この品質は……本物か」
「ああ。うちの専属の調合師が作っている」
「継続的に供給できるのか」
「できる。興味があれば、連絡をくれ」
サンプルを配り終えた頃には、日が傾き始めていた。
「今日は、ここまでだな。帰るか」
「はい」
二人が町の出口に向かおうとした時。
前から、数人の男たちが歩いてきた。
「おい、お前が福祉ギルドの代表か」
先頭に立っていたのは、恰幅のいい中年の男だった。
高価そうな服を着ており、指には宝石のついた指輪が光っている。
「ああ。誰だ、あんたは」
「俺はボルク。グランハイム商工会の会頭だ」
商工会。
町の商人たちを束ねる組織。悠真が、以前から警戒していた存在だった。
「商工会の会頭が、俺に何の用だ」
「話がある。ちょっと来い」
ボルクの後ろにいた男たちが、悠真とリリアを囲むように動いた。
「悠真さん……」
リリアが、不安そうに悠真の袖を掴んだ。
「大丈夫だ。話を聞くだけだ」
悠真は、冷静にボルクを見据えた。
「いいだろう。話を聞こう」
---
連れていかれたのは、商工会の建物だった。
悠真は、応接室に通された。リリアも一緒だ。
「座れ」
ボルクが、ソファを勧めた。
悠真は、警戒しながら腰を下ろした。
「単刀直入に言う」
ボルクは、葉巻に火をつけながら言った。
「お前の商売は、商工会の許可なく行われている。これは、規則違反だ」
「許可? そんな規則は聞いていない」
「知らなかったでは済まされない。この町で商売をするには、商工会への届け出と、相応の上納金が必要だ」
「上納金……」
悠真の目が、鋭くなった。
「いくらだ」
「売上の三割だ」
「三割だと? 法外な額じゃないか」
「これが、この町のルールだ。従わないなら、商売はできない」
ボルクは、煙を吐き出した。
「もっとも、別の選択肢もある」
「別の選択肢?」
「お前のポーション、商工会で独占販売させろ。そうすれば、上納金は免除してやる」
「独占販売……」
「お前が作ったポーションを、全て商工会に卸す。販売は、俺たちがやる。お前は、作るだけでいい」
悠真は、ボルクの意図を理解した。
これは、搾取だ。
福祉ギルドのポーションが高品質だと知り、その利益を横取りしようとしている。
「断る」
「何だと?」
「俺たちのポーションは、俺たちの手で売る。商工会に頼るつもりはない」
ボルクの顔が、険しくなった。
「……分かってないようだな」
彼は、葉巻を灰皿に押し付けた。
「この町で、俺たちに逆らった商人がどうなるか、知ってるか」
「脅しか」
「忠告だ。俺たちには、色々なやり方がある。お前の商品に悪い噂を流すこともできる。取引先に圧力をかけることもできる。最悪、『事故』が起きることもある」
「……」
「賢い選択をしろ。お前のためだ」
悠真は、立ち上がった。
「話は聞いた。だが、答えは変わらない」
「なに……」
「俺たちは、商工会の傘下には入らない。独自に商売を続ける」
「後悔するぞ」
「後悔はしない。俺たちの商品は、本物だ。どんな妨害をされても、品質で勝負すれば負けない」
悠真は、リリアの手を取った。
「行くぞ、リリア」
「は、はい」
二人は、商工会の建物を出た。
---
帰り道。
リリアは、不安そうな顔をしていた。
「悠真さん……大丈夫ですか。あの人たち、怖かったです」
「心配するな。あいつらは、所詮は商人だ。暴力には訴えられない」
「でも、妨害するって……」
「させればいい。俺たちには、品質という武器がある。どんな妨害も、品質の前には無力だ」
悠真は、空を見上げた。
「それに、俺たちには味方がいる」
「味方?」
「セリナだ。彼女は、俺たちの価値を認めている。商工会が不当な妨害をすれば、彼女が動いてくれる」
「そう……ですか」
「ああ。だから、心配するな。俺たちは、負けない」
悠真の声には、揺るぎない自信があった。
リリアは、その声に励まされた。
そして、小さく頷いた。
「はい……信じます。悠真さんを」
「ああ。俺を信じろ」
二人は、荒れ地への帰路についた。
---
その夜。
商工会の建物では、ボルクが部下たちを集めていた。
「あの小僧、俺を舐めやがって……」
「会頭、どうしますか」
「決まってる。潰すんだよ、福祉ギルドを」
ボルクは、机を拳で叩いた。
「まずは、噂を流せ。『福祉ギルドのポーションは、危険な成分が含まれている』とな」
「了解しました」
「次に、取引先に圧力をかけろ。福祉ギルドと取引した店は、商工会から締め出すと」
「はい」
「最後に、あの村の村長に連絡を取れ。ゴルドとか言ったか。あいつも、福祉ギルドを潰したがっていると聞いた。手を組めるかもしれん」
ボルクの目が、陰湿に光った。
「あの小僧には、商工会に逆らうとどうなるか、思い知らせてやる……」
新たな敵が、動き始めていた。
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