第3章「価値の証明」

第17話「重税の通達」

バルドがBランク冒険者に勝利してから、一週間が経った。


福祉ギルドの名声は、村を超えて領都にまで広がり始めていた。

「車椅子で戦う元Aランク冒険者」「目が見えないのに索敵ができる少女」

その噂は、人々の好奇心を刺激し、悠真たちの拠点には見物人が訪れるようになっていた。


「また来てるな」


バルドが、小屋の窓から外を見た。

荒れ地の入り口に、数人の村人が立っている。


「放っておけ。害がなければ、見せ物になってやってもいい」


「随分と余裕だな」


「宣伝になるからな。俺たちの存在が知られれば、仲間になりたい者も出てくる」


悠真は、机の上の書類を整理していた。

薬草の在庫リスト、売上の記録、今後の開発計画。

福祉ギルドの運営は、着実に軌道に乗り始めていた。


「悠真さん、お客さんです」


リリアが、小屋の外から声をかけた。


「客? 見物人じゃなくて?」


「はい。馬に乗った人が一人……領主様の紋章をつけてます」


悠真とバルドは、顔を見合わせた。


「領主の使者か。何の用だ」


二人は、小屋の外に出た。


---


使者は、若い男だった。

領主の紋章が入った外套を羽織り、手には羊皮紙の巻物を持っている。


「福祉ギルドの代表、悠真殿ですね」


「ああ。何の用だ」


「領主グラン様からの通達をお届けに参りました」


使者は、巻物を悠真に差し出した。


悠真は、巻物を受け取り、封を解いた。

中身を読み、その顔が険しくなった。


「……何だと」


「どうした、悠真」


バルドが、横から覗き込んだ。


「税の増額だ。来月から、土地税が三倍になると」


「三倍だと? そんな馬鹿な」


悠真は、使者を睨みつけた。


「これは、どういうことだ。俺たちの土地は、書記官セリナ殿との契約で、正式に権利が保証されているはずだ」


「はい。しかし、税率の決定は領主様の権限です。契約には、税率に関する条項は含まれておりません」


「……」


悠真は、歯噛みした。

確かに、セリナとの契約は「土地の権利保証」と「村人からの保護」だけだった。

税率については、何も取り決めていない。


「領主様は、福祉ギルドの活動が活発化していることを懸念されています」


使者が、淡々と続けた。


「無届けの商業活動、冒険者業務の代行、村人の雇用。これらは全て、領の許可なく行われています」


「許可? そんなものが必要だとは聞いていない」


「正式なギルドとして活動するには、領への届け出と、相応の税金が必要です。現状では、福祉ギルドは無届けの組織ということになります」


悠真は、拳を握りしめた。


これは、明らかな嫌がらせだ。

福祉ギルドの名声が上がったことを、領主グランは快く思っていない。

だから、税という形で圧力をかけてきた。


「三倍の税を払えなければ、どうなる」


「土地の権利を没収し、福祉ギルドの解散を命じることになります」


「……」


「お返事は、一週間以内にお願いします。では、失礼いたします」


使者は、馬に乗って去っていった。


---


「くそっ……!」


バルドが、地面を殴った。


「汚い手を使いやがって……!」


「落ち着け、バルド」


「落ち着けるか! せっかくここまで来たのに、金で潰されるなんて……!」


「だから、落ち着けと言っている」


悠真の声は、冷静だった。


「感情的になっても、何も解決しない。今は、対策を考える時だ」


「対策って……三倍の税なんて、払えるわけがねえだろ」


「払えないなら、払わなくていい方法を探す」


悠真は、小屋の中に戻った。

机の上に、地図と書類を広げる。


「この通達は、領主グランの独断だろう。だが、領の行政を実質的に取り仕切っているのは、書記官のセリナだ」


「セリナ……あの女か」


「ああ。彼女は、俺たちとの契約を結んだ当事者だ。この増税が、契約の精神に反することは分かっているはずだ」


悠真は、顎に手を当てた。


「セリナに会いに行く。直接交渉して、この増税を撤回させる」


「できるのか、そんなこと」


「分からない。だが、やるしかない」


悠真は、立ち上がった。


「バルド、リリア。俺は、明日、領都に行く。お前たちは、ここで留守番を頼む」


「俺も行く」


「いや、お前はここにいろ。万が一、俺がいない間に何かあった時、お前がいなければ拠点を守れない」


「……分かった」


バルドは、渋々頷いた。


「悠真さん、気をつけてください」


リリアが、不安そうな声を上げた。


「ああ。心配するな。必ず、いい結果を持って帰る」


悠真は、二人の肩を叩いた。


「俺たちは、ここで終わるわけにはいかない。まだ、やるべきことが山ほどある」


「ああ……そうだな」


夕日が、荒れ地を赤く染めていた。

新たな戦いが、始まろうとしていた。


---


翌日。

悠真は、領都グランハイムに到着した。


「さて……」


領主の屋敷は、町の中央にそびえ立っている。

だが、いきなり乗り込んでも、門前払いを食らうだけだろう。


「まずは、情報収集だ」


悠真は、町の中を歩き始めた。


領都は、前に来た時よりも活気があった。

商人たちが行き交い、露店が立ち並んでいる。


「この町の経済は、悪くない。だが、領主の評判は……」


悠真は、酒場に入った。

カウンターに座り、店主に声をかける。


「すまない。この町のことを少し教えてほしいんだが」


「ああ、旅の人かい。何が知りたい」


「領主グラン様は、どんな方だ」


店主の顔が、微妙に曇った。


「……あまり、大きな声では言えねえな」


「聞こえないように話してくれればいい」


店主は、周囲を見回した。

そして、声を潜めて言った。


「正直、あまり評判は良くねえ。税は高いし、民のことなんか考えちゃいねえ。自分の懐を肥やすことしか頭にねえって、みんな言ってるよ」


「そうか」


「ただ、書記官のセリナ様は違う。あの人は、本当に領のことを考えてる。領主様の無茶な要求を、いつも抑えてくれてるって話だ」


「セリナ殿は、信頼されているのか」


「ああ。あの人がいなけりゃ、この領はとっくに破綻してるって、みんな思ってる」


悠真は、頷いた。

予想通りだ。セリナは、領の実務を一手に引き受けている。彼女を味方につければ、状況は変わる。


「ありがとう。参考になった」


「いいってことよ。気をつけな、旅の人」


悠真は、酒場を出た。


---


領主の屋敷に向かう途中。

悠真は、ある建物の前で足を止めた。


「商工会……か」


立派な石造りの建物。

看板には「グランハイム商工会」と書かれている。


「この町の商人たちを束ねる組織。俺たちが商売を広げれば、いずれ衝突することになるだろうな」


悠真は、建物を横目で見ながら通り過ぎた。

今は、セリナとの交渉が優先だ。


領主の屋敷に到着した。

門番に用件を告げると、意外にもすんなりと通された。


「セリナ様がお待ちです。こちらへ」


案内されたのは、屋敷の奥にある執務室だった。


「失礼します」


扉を開けると、セリナが机の前に座っていた。

相変わらず、眼鏡の奥の目は冷静そのものだ。


「来ると思っていました」


「……予想していたのか」


「ええ。昨日の通達を出したのは、領主様の独断です。私は、事後報告を受けただけです」


セリナは、椅子から立ち上がった。


「お座りください。話を聞きましょう」


「ありがとう」


悠真は、勧められた椅子に座った。


「単刀直入に聞く。あの増税は、撤回できるか」


「難しいですね」


セリナは、首を振った。


「税率の決定は、領主の専権事項です。私には、それを覆す権限がありません」


「だが、あなたは領主の信頼を得ている。進言すれば、聞き入れられるのでは」


「進言するには、根拠が必要です」


セリナの目が、鋭く光った。


「私は、感情で動く人間ではありません。福祉ギルドを守るために領主様に進言するなら、それ相応の理由が必要です」


「理由……」


「ええ。福祉ギルドが、領にとって『利益』になるという証拠です」


悠真は、セリナの意図を理解した。


彼女は、敵ではない。

だが、味方になるには、条件がある。


「……分かった。では、証明してみせよう」


「どうやって」


悠真は、懐から書類を取り出した。


「これは、福祉ギルドのこれまでの活動記録だ。薬草の採取量、加工した薬の数、販売実績、討伐した魔物の数。全て、数字で示してある」


セリナは、書類を受け取った。

その目が、素早く数字を追っていく。


「……なるほど。思った以上に、活発に活動していますね」


「これはまだ序の口だ。俺たちには、もっと大きな可能性がある」


「可能性?」


「ああ。特産品の開発だ」


悠真は、身を乗り出した。


「リリアの魔力感知能力を使えば、通常では採取できない希少な薬草を見つけられる。それを加工して、高品質のポーションを作る。これは、他のどの商人にも真似できない」


「……」


「さらに、バルドの戦闘用車椅子。これを量産すれば、足を失った冒険者たちが復帰できる。彼らは、福祉ギルドの戦力になる。そして、領の防衛力にもなる」


セリナは、黙って聞いていた。


「福祉ギルドは、単なる慈善団体じゃない。経済と軍事、両面で領に貢献できる組織だ。それを潰すのは、領にとって損失でしかない」


悠真は、セリナの目を真っ直ぐに見つめた。


「一ヶ月。一ヶ月だけ時間をくれ。その間に、俺たちの価値を証明してみせる」


セリナは、しばらく沈黙していた。

書類を机の上に置き、眼鏡を直す。


「……いいでしょう」


「本当か」


「ええ。一ヶ月の猶予を、領主様に進言します。ただし、条件があります」


「条件?」


「一ヶ月後に、具体的な成果を示してください。売上、納税額、領への貢献度。数字で示せる成果です」


「分かった。約束する」


「期待しています。私は、福祉ギルドの可能性に興味があります。あなたが本物なら、私は全力で支援します」


セリナは、初めて微かな笑みを浮かべた。


「だが、期待を裏切ったら、容赦はしません。覚えておいてください」


「ああ。覚えておく」


悠真は、立ち上がった。


「一ヶ月後、また来る。いい報告を持って」


「お待ちしています」


悠真は、執務室を後にした。


---


屋敷を出た悠真は、深く息を吐いた。


「一ヶ月か……」


短い。だが、不可能ではない。


「やるべきことは、決まった」


特産品の開発。販売網の構築。そして、数字で示せる成果。


悠真は、拠点への帰路についた。

新たな戦いの、火蓋が切って落とされた。

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