第16話「今の俺の方が強い」
数日後。
村の広場で、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「おい、見ろよ。あいつら来たぞ」
「車椅子の……」
「ゴブリンを倒した連中だろ」
悠真、バルド、リリアの三人が、広場に姿を現した。
今日は、エルマの薬店に薬を届けに来たのだ。
「相変わらず、注目されるな」
バルドが、苦笑した。
「仕方ない。お前は今や、村の有名人だ」
「有名人、ね……」
三人がエルマの店に向かおうとした時。
広場の反対側から、一団の男たちがやってきた。
「おい、待て」
先頭に立っていたのは、見覚えのない男だった。
三十代半ば。鍛え上げられた体躯に、腰には剣を帯びている。
その後ろには、同じような装備の男が四人。
「お前が、バルドか」
「ああ。誰だ、お前は」
「俺はゲイル。Bランク冒険者だ」
その名乗りに、周囲がざわめいた。
Bランク。この辺境では、かなりの実力者だ。
「Bランクが、俺に何の用だ」
「話を聞いてな。元Aランクの『灰色狼』が、車椅子でゴブリンを倒したと」
ゲイルの目が、嘲笑を含んで細まった。
「信じられなくてな。片足の廃人が、本当にそんなことできるのかと」
「……」
「だから、確かめに来た。お前が本物かどうか」
バルドの目が、鋭くなった。
「確かめる、だと。どうやって」
「簡単だ。俺と勝負しろ」
広場が、静まり返った。
「勝負?」
「ああ。弓の腕比べだ。的当てでも、移動射撃でも、何でもいい。お前が本当に強いなら、俺に勝てるはずだ」
ゲイルの後ろで、仲間たちが笑った。
「無理だろ。車椅子で、ゲイルに勝てるわけがねえ」
「見世物になるだけだぜ」
「哀れだな、元Aランク」
その言葉に、バルドの眉がぴくりと動いた。
「いいだろう」
「バルド」
悠真が、声をかけた。
「受けるのか」
「ああ。こういう連中は、実力で黙らせるしかねえ」
バルドは、車椅子を前に進めた。
「条件は何だ」
「移動射撃だ。五十メートル先の的を、走りながら射る。先に三本当てた方が勝ち」
「了解。負けた方はどうする」
「負けた方は、勝った方に土下座して謝る。それでいいな」
「……いいだろう」
周囲から、どよめきが起きた。
「本気か。あの車椅子で、Bランクに勝てるのか」
「無理だろ。いくら元Aランクでも……」
「でも、ゴブリンを倒したのは本当らしいぞ」
村人たちが、固唾を飲んで見守る中、準備が始まった。
---
広場の端に、五十メートル離れて二つの的が設置された。
走路には、いくつかの障害物が置かれている。
「ルールを確認する」
自警団長のドルクが、審判として前に出た。
「スタートの合図で走り出し、五十メートル先の的を射る。的の中心に近いほど高得点。先に三本命中させた方が勝ち。異議は」
「ない」
「ねえよ」
バルドとゲイルが、スタートラインに並んだ。
「バルドさん、頑張ってください」
リリアが、祈るように手を組んだ。
「ああ。見てろ、嬢ちゃん」
バルドは、弓を構えた。
車椅子の車輪に手をかけ、前傾姿勢を取る。
「用意……始め!」
ドルクの声と同時に、二人が動いた。
ゲイルが、地面を蹴って走り出す。
Bランク冒険者の脚力は、常人の比ではない。あっという間に加速し、障害物を軽々と飛び越えていく。
一方、バルドは車輪を回した。
最初の数メートルは、ゲイルに遅れを取る。
「やっぱり無理か……」
「車椅子じゃ、追いつけねえ……」
だが。
バルドの車椅子が、急加速した。
「なっ……」
ゲイルが、驚いて振り返った。
バルドの車椅子が、信じられない速度で迫ってくる。
「馬鹿な……!」
サスペンションが衝撃を吸収し、車輪が滑らかに回転する。
障害物も、巧みなハンドル操作で回避していく。
そして、バルドは走りながら弓を構えた。
一射目。
的の中心に、矢が突き刺さった。
「一本目、バルド命中!」
ドルクの声が響く。
「くそっ……!」
ゲイルも、走りながら矢を放った。
だが、走る振動で照準がぶれ、的の端に当たる。
「一本目、ゲイル命中! だが、中心から外れている!」
バルドは、速度を落とさずに二本目を放った。
また、中心に命中。
「二本目、バルド命中! 中心!」
「嘘だろ……」
ゲイルの顔に、焦りが浮かんだ。
全力で走りながら、二本目を放つ。
今度は、中心に近い位置に当たった。
「二本目、ゲイル命中!」
勝負は、三本目に持ち越された。
二人は、ほぼ同時に的の前に到達した。
だが、ゲイルは走る勢いを殺せず、的を通り過ぎてしまう。
一方、バルドは車椅子を急旋回させた。
サスペンションが軋み、車輪が砂埃を巻き上げる。
そして、的の正面で停止した。
「終わりだ」
バルドは、三本目の矢を放った。
矢は、的の中心を貫いた。
「三本目、バルド命中! 中心! 勝者、バルド!」
ドルクの声が、広場に響き渡った。
「おおおお……!」
村人たちから、歓声が上がった。
「勝った……車椅子で、Bランクに勝った……!」
「すげえ……本当にすげえ……!」
ゲイルは、呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿な……俺が……車椅子の男に……」
バルドは、車椅子をゲイルの前に進めた。
「約束だ。土下座してもらおうか」
「くっ……」
ゲイルは、屈辱に顔を歪めた。
だが、約束は約束だ。
彼は、ゆっくりと膝をつき、地面に額をつけた。
「……負けた。俺の負けだ」
「よく言った」
バルドは、ゲイルを見下ろした。
「一つ、教えてやる」
「……何だ」
「お前は、俺を『片足の廃人』と言った。確かに、俺は片足を失った。だが、廃人じゃねえ」
バルドの声が、広場に響いた。
「俺は、三年前に足を失った。あの時は、確かに絶望した。もう戦えない、もう走れない、もう何もできない。そう思った」
「……」
「だが、今は違う。この車椅子と出会って、俺は変わった。足を失ったからこそ、新しい戦い方を見つけた。足があった頃にはできなかったことが、今はできる」
バルドは、弓を掲げた。
「今の俺は、三年前の俺より強い。足を失う前の俺より、今の俺の方が強い」
その言葉が、広場に重く響いた。
「俺を侮辱するのは構わねえ。だが、覚えておけ。障害は、弱さじゃねえ。障害があっても、人は強くなれる。俺が、その証拠だ」
ゲイルは、顔を上げた。
その目には、屈辱ではなく、何か別の感情が宿っていた。
「……分かった」
「何が分かった」
「お前が、本物だってことだ」
ゲイルは、立ち上がった。
「正直、舐めてた。車椅子で戦うなんて、見世物だと思ってた。だが、違った。お前は、本物の戦士だ」
「……」
「俺の負けだ。完敗だ。お前には、敬意を払う」
ゲイルは、頭を下げた。
今度は、屈辱ではなく、敬意を込めて。
「今日は、いいものを見せてもらった。ありがとう」
「……ふん。分かればいい」
バルドは、車椅子を回した。
その時、広場から拍手が起きた。
一人、また一人と、村人たちが手を叩き始める。
やがて、広場全体が拍手に包まれた。
「すげえぞ、バルド!」
「やっぱり、灰色狼は伝説だ!」
「車椅子でBランクに勝つなんて……!」
バルドは、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「大げさだな……」
「大げさじゃない」
悠真が、バルドの隣に来た。
「お前は、証明したんだ。障害があっても、人は強くなれると。これは、大きな一歩だ」
「……そうか」
「ああ。今日の出来事は、村中に広まる。そして、領中に広まる。『車椅子でBランクに勝った男がいる』と」
悠真の目が、遠くを見据えていた。
「そうすれば、俺たちの仲間になりたい者も出てくる。障害を持ちながら、戦う力を求めている者が」
「……福祉ギルドの宣伝、ってわけか」
「そういうことだ」
バルドは、小さく笑った。
「お前、本当に計算高いな」
「褒め言葉として受け取っておく」
リリアが、駆け寄ってきた。
「バルドさん、すごかったです! 魔力が、今まで見た中で一番キラキラしてました!」
「そうか……ありがとな、嬢ちゃん」
バルドは、リリアの頭を撫でた。
三人は、村人たちの歓声の中、広場を後にした。
---
その夜。
拠点で、三人は祝杯を上げていた。
「今日は、いい日だったな」
悠真が、杯を傾けた。
「ああ。まさか、Bランクに勝てるとは思わなかった」
「思わなかった、だと。俺は、最初から勝つつもりだったぞ」
バルドが、にやりと笑った。
「お前の訓練のおかげだ、悠真。あの車椅子と、あの訓練がなければ、今日の勝利はなかった」
「俺は、お前の能力を引き出しただけだ。勝ったのは、お前自身の力だ」
「相変わらず、素直じゃねえな」
「お前こそ」
二人は、杯を打ち合わせた。
「バルドさん、かっこよかったです」
リリアが、頬を赤らめながら言った。
「『今の俺の方が強い』って言った時、私、すごく感動しました」
「そうか……照れるな」
「本当ですよ。バルドさんは、私の目標です」
「目標?」
「はい。私も、バルドさんみたいに強くなりたいです。目が見えなくても、誰にも負けないくらい」
バルドは、少し驚いた顔をした。
そして、優しく微笑んだ。
「嬢ちゃん。お前は、もう十分強いぞ」
「え……」
「お前の索敵能力は、俺の知る限り、誰にも負けてねえ。お前がいなけりゃ、俺はゴブリンの巣で死んでたかもしれねえ」
「……」
「お前は、俺の相棒だ。これからも、一緒に戦おう」
リリアの目に、涙が浮かんだ。
「はい……はい……!」
悠真は、二人のやり取りを見守っていた。
その口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「さて、これからの話をしよう」
「これから?」
「ああ。今日の勝利で、俺たちの名は広まった。次は、その名に恥じない実績を積み上げる番だ」
悠真は、立ち上がった。
「第2章は、終わりだ。これからは、第3章に入る」
「第3章?」
「ああ。政治と経済の戦いだ。俺たちは、力だけでなく、金と権力も手に入れる必要がある」
悠真の目が、鋭く光った。
「領主グランとの交渉。商品開発と販売。そして、セリナとの約束を果たす。やることは、山ほどある」
「ああ……そうだな」
バルドが、拳を握った。
「俺は、お前についていく。どこまでも」
「私も……私も、一緒に行きます」
リリアが、悠真の手を握った。
「福祉ギルドの伝説は、まだ始まったばかりだ」
悠真は、窓の外を見つめた。
夜空には、満天の星が輝いていた。
「行くぞ。俺たちの戦いは、これからだ」
「「ああ」」
三人の声が、夜の静寂に響いた。
---
その頃。
村長ゴルドの屋敷では、密談が行われていた。
「くそっ……あいつら、調子に乗りやがって……」
ゴルドは、机を拳で叩いた。
「村人たちも、あいつらの味方につき始めている。このままじゃ、俺の立場が……」
「村長、例の計画はどうなっていますか」
甥のガルドが、低い声で尋ねた。
「ああ……準備は整っている。来月の満月の夜、森の奥から魔物を誘い込む」
「あの結界を破れるんですか」
「破れる。俺が手に入れた、この道具を使えばな」
ゴルドは、懐から小さな水晶を取り出した。
その中には、禍々しい光が渦巻いている。
「闇市で手に入れた、結界破りの魔道具だ。これを使えば、あの土地を守っている結界を無効化できる」
「そうなれば……」
「ああ。魔物が、あいつらの拠点に押し寄せる。いくら強くても、大量の魔物に囲まれれば、ひとたまりもねえ」
ゴルドは、醜悪な笑みを浮かべた。
「待ってろよ、悠真。お前の幸運も、ここまでだ……」
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