第3話「投資と回収」

翌朝。

悠真は、日の出と共に目を覚ました。


「……さて」


半壊した小屋の中。埃っぽい床の上で、リリアはまだ眠っている。

昨夜の疲労が相当だったのだろう。痩せた体が、小さく丸まっていた。


悠真は静かに立ち上がり、小屋の外へ出た。


朝靄が、荒れ地を覆っている。

昨夜は暗くてよく見えなかったが、改めて観察すると、この土地のポテンシャルが見えてくる。


「水源よし。木材の調達ルートよし。結界の範囲は……だいたい半径五十メートルってところか」


悠真は、地面に膝をついた。

古びた魔法陣の紋様を、指でなぞる。


「この結界を維持しているのは、残留魔力か。いずれ消える。その前に、自前の防衛手段を確立しないとまずいな」


問題は山積みだった。

食料。住居の修繕。防衛。そしてリリアの訓練。

どれも急務であり、どれも一人では限界がある。


「だが、順序立てれば不可能じゃない」


悠真は、前世で叩き込まれた思考法を呼び起こした。

ソーシャルワークの基本。アセスメント、プランニング、インターベンション、モニタリング。

問題を分解し、優先順位をつけ、一つずつ潰していく。


「まずは、現状把握だ」


悠真は、自分の能力を確認した。

転生時に与えられた力。それは、派手な攻撃魔法ではなかった。


「生活魔法……か」


火を起こす。水を操る。土を固める。風を送る。

どれも、戦闘には使えない地味な魔法。

だが、悠真にとっては、これ以上ない贈り物だった。


「福祉用具の開発に、これほど適した能力はない」


車椅子。義肢。補聴器。点字ブロック。

前世で学んだ福祉用具の知識が、頭の中で渦を巻く。

この世界の素材と魔法を組み合わせれば、その全てを再現できる可能性がある。


「問題は、素材と時間だが……」


「あの……」


背後から、か細い声が聞こえた。

振り返ると、リリアが小屋の入り口に立っていた。


「起きたか」


「はい。あの、何か手伝えることは……」


「ある。というより、お前にしかできないことがある」


悠真は、リリアの前に立った。


「昨夜の話の続きだ。お前の魔力感知能力、あれを訓練する」


「訓練……」


「ああ。今のお前は、無意識に感知しているだけだ。それを、意識的にコントロールできるようになれば、精度も範囲も飛躍的に向上する」


リリアの表情に、不安が浮かんだ。


「でも、私……どうやって訓練すればいいか、分かりません」


「俺が教える。まずは基礎からだ」


悠真は、リリアの手を取った。


「目を閉じろ。……いや、お前には関係ないか。とにかく、意識を集中しろ。周囲の『気配』を感じ取るんだ」


「気配……」


「昨夜、お前は魔狼の数と位置を正確に把握していた。あの感覚を、意識的に再現してみろ」


リリアは、深く息を吸った。

そして、意識を外へと向ける。


静寂。

風の音。草の揺れる音。小川のせせらぎ。


その奥に──何かがある。


「……います」


「何が」


「小さいの……たくさん。あっちの方に」


リリアが指差した方向は、小川の上流だった。


「動物か、魔物か」


「分かりません。でも……怖くない感じ、です」


悠真は、その方向へ歩いていった。

数分後、小川のほとりに辿り着く。


そこにいたのは、魚だった。

銀色の鱗を持つ、掌サイズの川魚。群れをなして泳いでいる。


「正解だ」


悠真は、振り返った。


「お前は今、五十メートル以上離れた場所から、魚の群れを感知した。しかも、それが『危険ではない』ことまで判断した。これは才能だ」


「……本当に?」


「嘘をついて何の得がある。お前は確実に、索敵のスペシャリストになれる素質を持っている」


リリアの頬が、微かに紅潮した。

生まれて初めて、自分の能力を肯定された。

その事実が、彼女の心に小さな火を灯していた。


「これから毎日、訓練を続ける。範囲を広げ、精度を上げ、複数の対象を同時に追跡できるようにする」


「はい……はい!」


「いい返事だ。だが、その前にやることがある」


悠真は、川辺にしゃがみ込んだ。


「まずは飯だ。腹が減っては戦はできない」


生活魔法を応用し、水流を操作する。

魚が浅瀬に追い込まれ、手づかみで捕まえられるようになった。


「すごい……」


「大したことじゃない。生活魔法の応用だ」


十匹ほどの魚を確保し、二人は小屋へ戻った。

火の魔法で焼き、塩がないのは残念だったが、久しぶりのまともな食事にリリアは涙ぐんでいた。


「美味しい……」


「これからは、毎日食える。約束する」


「……ありがとう、ございます」


「礼はいらない。お前が働いた対価だ」


悠真は、魚の骨を火にくべながら言った。


「いいか、リリア。俺はお前を『助けた』んじゃない。『投資した』んだ」


「投資……」


「お前には価値がある。その価値を引き出し、俺たちの生存に役立てる。それが俺の目的だ。だから、お前は俺に感謝する必要はない。対等な取引だと思え」


リリアは、しばらく黙っていた。

やがて、小さく微笑んだ。


「……変わった人ですね、やっぱり」


「何度も言われた」


「でも、嫌じゃないです」


「そうか」


悠真は、立ち上がった。


「食ったら作業だ。まずはこの小屋を直す。土魔法で壁を補強し、屋根を修繕する。お前は周囲の警戒を頼む」


「はい」


「範囲は、できる限り広く。何か感知したら、すぐに報告しろ」


「分かりました」


リリアの返事には、もう怯えはなかった。

自分の役割がある。自分にしかできないことがある。

その自覚が、彼女の声に芯を与えていた。


悠真は、小屋の壁に手を当てた。

土魔法を発動させる。

崩れかけた壁が、少しずつ補強されていく。


「よし、いける」


この調子なら、三日もあれば住居としての体裁は整う。

その後は、本格的な拠点づくりだ。


悠真の脳内には、すでに設計図が浮かんでいた。

バリアフリーの住居。段差のない床。手すりのついた通路。視覚障害者でも移動しやすい動線設計。


そして──。


「いずれ、もっと仲間を集める」


「仲間……ですか?」


「ああ。この世界には、お前のように『役立たず』と切り捨てられた人間が大勢いるはずだ。俺はそいつらを集めて、組織を作る」


「組織……」


「名前はまだ決めていないが、そうだな……『福祉ギルド』とでも呼ぶか」


リリアには、その言葉の意味は分からなかった。

だが、悠真の声には、揺るぎない確信があった。


「お前の妹も、必ず取り戻す。そのためには力がいる。金がいる。人手がいる。一つずつ、積み上げていく」


「……はい」


「時間はかかる。だが、必ずやる。俺は、投資を無駄にしない主義だからな」


その言葉に、リリアは深く頷いた。


この人について行こう。

理由は分からない。ただ、そう思った。


見えない目で、悠真の魔力の流れを感じ取る。

真っ直ぐで、強くて、温かい。

嘘のない人だと、本能が告げていた。


「さあ、作業を続けるぞ」


「はい」


荒れ地の上で、二人の生活が始まった。


---


その頃、村では。


「なあ、あの旅人と目潰れ、まだ生きてると思うか?」


「まさか。あの土地は魔物の通り道だぞ。初日で食われてるに決まってる」


「だよなあ。まあ、いい厄介払いになったわ」


村人たちは、笑っていた。

銀貨十枚で売り払った「呪われた土地」と「役立たずの少女」のことなど、もう忘れかけていた。


彼らは知らない。

その「呪われた土地」が、やがて彼らの村よりも繁栄することを。

その「役立たずの少女」が、誰よりも遠くを見通す「最強の眼」になることを。


そして──。

自分たちが切り捨てたものの価値を、思い知る日が来ることを。


物語は、まだ始まったばかりだった。

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