第4話「土魔法の建築家」

三日が経った。


「……完成だ」


悠真は、額の汗を拭いながら、目の前の建物を見上げた。


それは、もはや「半壊した小屋」ではなかった。

土魔法で補強された壁。新たに組み直された屋根。そして何より──細部に至るまで計算された、機能的な構造。


「すごい……」


リリアが、壁に手を触れながら呟いた。


「段差が、ない」


「当然だ。お前が躓かないように設計した」


悠真の設計思想は、徹底していた。

入り口から居住スペースまで、一切の段差がない。壁には一定間隔で手すりが設置され、視覚に頼らずとも移動できる動線が確保されている。


「この手すりは、部屋の境界を示している。縦の溝が入っているのが居間への入り口、横の溝が寝室、斜めの溝が水場だ」


「触って分かるように……」


「ああ。これなら、お前は自分で家の中を移動できる」


リリアは、手すりを辿りながら歩いてみた。

縦の溝。ここが居間。横の溝。ここが寝室。斜めの溝。ここが水場。


「分かります……全部、分かります」


「それでいい。お前は『目が見えない』んじゃない。『触覚で見ている』んだ。俺はそれに合わせて環境を設計しただけだ」


リリアの目から、涙がこぼれた。

今度は、悲しみの涙ではなかった。


「あの……これ、私のために?」


「お前のためでもあるし、俺のためでもある」


悠真は、淡々と答えた。


「お前が自立して動けるようになれば、俺の負担が減る。お前に逐一指示を出さなくても、お前が自分で判断して動けるようになる。効率の問題だ」


「……また、そういう言い方をする」


「事実だからな」


だが、リリアは気づいていた。

この人は、自分の優しさを「合理性」で覆い隠そうとしている。

本当に効率だけを考えるなら、ここまで丁寧な設計はしない。


「ありがとうございます」


「だから、礼は──」


「言わせてください」


リリアの声には、静かな強さがあった。


「私は今まで、誰かに『合わせてもらった』ことがありませんでした。いつも、私が周りに合わせなきゃいけなかった。できなくて、怒られて、殴られて。でも、悠真さんは違う。私に合わせて、環境を作ってくれた。それが、どれだけ嬉しいか……」


悠真は、しばらく黙っていた。

やがて、小さく息を吐いた。


「……そうか」


それだけ言って、悠真は外へ出た。


「さて、次は食料の安定確保だ。ついてこい」


「はい」


リリアは、手すりを頼りに玄関へ向かった。

もう、誰かに手を引いてもらわなくても、自分で外に出られる。


たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。


---


二人は、森の入り口へと向かった。


「今日から、採取活動を本格化させる」


「採取……ですか」


「ああ。食用になる植物、薬草、木の実。この森には資源が豊富にあるはずだ。問題は、魔物との遭遇リスクだが……」


悠真は、リリアを見た。


「そこで、お前の出番だ」


「私の……」


「お前の魔力感知能力を使えば、魔物を事前に察知できる。安全なルートを確保しながら採取活動ができる」


リリアの表情が、引き締まった。


「やってみます」


「いい返事だ。まずは範囲を確認する。今、どこまで感知できる?」


リリアは、意識を集中させた。

この三日間、悠真の指導で訓練を続けてきた。最初は曖昧だった感覚が、少しずつ明確になってきている。


「……百歩くらいまでなら、はっきり分かります。その先は、大きな気配だけ」


「十分だ。俺たちの周囲百メートルを常に監視しろ。何か感知したら、すぐに報告」


「はい」


二人は、森の中へと足を踏み入れた。


「右前方、小さいのが三つ。たぶん、鳥です」


「了解。続行」


「左奥に、中くらいのが一つ。動いてません。寝てる……かも」


「距離は」


「八十歩くらい」


「回避ルートを取る。右に迂回」


悠真の指示と、リリアの感知。

二人の連携は、驚くほどスムーズだった。


三十分後。

二人は、大量の収穫物を抱えて拠点に戻っていた。


「これは……」


悠真は、採取した植物を一つずつ確認した。

食用の根菜。薬効のある草。保存の利く木の実。


「予想以上だ。この森、資源の宝庫だな」


「魔物が多いから、誰も採りに来ないんですね」


「だが、お前がいれば話は別だ」


悠真は、薬草を手に取った。


「この草、傷薬の原料になる。加工して売れば、かなりの金になるはずだ」


「売る……んですか?」


「当然だ。俺たちには資金が必要だ。お前の妹を取り戻すにも、拠点を拡張するにも、金がいる」


リリアの表情が、複雑に揺れた。

妹のことを、忘れていたわけではない。だが、こうして改めて言われると、胸が締め付けられる。


「メルは……大丈夫でしょうか」


「分からない。だが、悲観しても仕方がない。俺たちにできるのは、一日でも早く力をつけることだ」


「……はい」


「それに」


悠真は、リリアの頭にぽんと手を置いた。


「お前の祖母が、まだ村にいる。あの人が守ってくれているはずだ」


「おばあちゃん……」


「お前を庇おうとしていた。あの人は、味方だ。信じろ」


リリアは、小さく頷いた。


「はい……信じます」


「よし。じゃあ、加工作業を始めるぞ」


---


その日の夜。


悠真は、採取した薬草を加工していた。

生活魔法で乾燥させ、石臼で粉末にし、水で練って軟膏状にする。


「前世の知識が、こんなところで役に立つとはな」


福祉士として働いていた頃、医療や薬学の基礎知識も学んでいた。

それが今、異世界で薬を作る技術として活きている。


「悠真さん」


「なんだ」


「あの……私にも、手伝えることはありますか」


リリアが、おずおずと近づいてきた。


「ある。お前の感覚を使え」


「感覚……?」


「薬草の加工には、微妙な調整が必要だ。乾燥具合、粉末の細かさ、練り加減。視覚に頼ると見落とすことがある。だが、お前なら触覚と嗅覚で判断できる」


悠真は、粉末にした薬草をリリアの手に載せた。


「これの粒の大きさを確かめてくれ。均一かどうか」


リリアは、指先で粉末を揉んだ。


「……少し、ざらつきがあります。ここと、ここに、大きい粒が混じってる」


「分かるのか」


「はい。触れば分かります」


「素晴らしい」


悠真の声に、純粋な感嘆が混じっていた。


「お前は、品質管理の天才だ」


「品質……管理?」


「製品の出来を確かめる仕事だ。視覚に頼らないからこそ、他の人間が見落とす細部に気づける。これは、大きな武器になる」


リリアの頬が、また紅潮した。

褒められることに、まだ慣れていない。


「あの……本当に、私、役に立ててますか」


「立っている。疑うな」


「はい……」


「お前が自分の価値を疑うたびに、俺の投資判断が疑われることになる。俺は自分の判断に自信がある。だから、お前も自分に自信を持て」


無茶苦茶な論理だった。

だが、リリアは笑った。


「……分かりました。自信、持ちます」


「よし」


二人は、夜遅くまで作業を続けた。

薬草軟膏が、十個ほど完成した。


「明日、村に売りに行く」


「村に……ですか?」


リリアの声が、強張った。

あの村。自分を捨てた村。


「大丈夫だ。お前は行かなくていい。俺一人で行く」


「でも……」


「お前が行けば、余計な騒ぎになる。それに、お前には留守番を頼みたい」


「留守番……」


「拠点の警戒だ。俺がいない間、周囲を監視してくれ。何か異常があれば、俺が戻るまで小屋に籠もれ。結界がお前を守る」


リリアは、深呼吸をした。


「……分かりました。任せてください」


「頼んだ」


悠真は、完成した軟膏を袋に詰めた。


「これが売れれば、資金の目処が立つ。そうすれば、次の段階に進める」


「次の段階?」


「仲間集めだ。俺たち二人だけじゃ、限界がある。もっと人手が必要だ」


悠真の目が、遠くを見据えていた。


「この世界には、お前のように切り捨てられた人間が大勢いる。俺は、そいつらを集める。そして、全員の能力を最大限に引き出す組織を作る」


「福祉ギルド……でしたっけ」


「ああ。誰もが、自分の価値を発揮できる場所。それを、俺が作る」


リリアは、悠真の横顔を見つめた。

見えないはずなのに、その輪郭だけは、はっきりと感じ取れた。


「私も……その一員に、なれますか」


「当然だ。お前は、俺の最初の仲間だからな」


その言葉が、リリアの胸に深く染み込んだ。


仲間。

生まれて初めて、そう呼ばれた。


「……はい。頑張ります」


「期待している」


夜が更けていく。

荒れ地の小さな拠点で、二人の未来が少しずつ形になり始めていた。


---


翌日。

悠真が村へ向かっている頃。


村の広場では、男たちが噂話に興じていた。


「おい、聞いたか。あの荒れ地から煙が上がってるらしいぞ」


「嘘だろ。あの旅人、まだ生きてんのか」


「さあな。まあ、どうせ長くは持たねえだろ」


彼らは、まだ知らなかった。

その「旅人」が、これから自分たちの運命を大きく変えることになるとは。

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