第3話 会議中に寝たやつ



「……おい……おいっ!」


「─────はっ」



 あれ、どうやらまた寝てしまっていたみたいです。


 顔を上げると会議室なのは変わりませんが、外から差し込む光がすっかり夕方のものになっています。


 そして、部屋の中には私と───もう一人。




クー・・


「その名で呼ぶな」




 少し寝たことで頭がスッキリしたのか、自身を呼ぶ声に対し、反射的に拒絶してしまいました。



「……『クー』はボク・・が許した相手だけだ───皇帝・・



 私は目の前の男に言い放つ。


 小麦畑の様にサラサラとした金色の髪と、聡明そうな目つきから覗くサファイアの様な碧眼。

 身体には程よく筋肉が付き、その姿はまさに美男子。


 ま、言う事なしのイケメンです。

 文武両道、オマケにコミュ力とカリスマ性が天元突破してそうなタイプですね。



 ───グルーシス帝国皇帝、ルーファス・レイナート・キューバウアー。



 齢十足らずにして皇帝冠を戴き、帝国の大拡張と繁栄を実現した『英雄』。


 ……それが今私の前に座っている男です。


 そして、今私が一番嫌いな人間。



「ふむ……もうそれなりに長い付き合いだとは思うのだが」


「長さは関係ない、ボク・・が許したか、そうでないかだ」


「幼馴染が愛称で呼べないのなら、他に誰が呼べるのやら……」



 そう言って呆れた顔をするルーファス。


 ぐっ……イケメンはこんな顔でも様になるのか(愕然)。


 確かに、私とルーファスは幼馴染です。

 昔はよく庭で遊んだりしました。


 それは認めましょう。

 それに……。




 それに、多分この世界で・・・・・一番私に詳しいのは、ルーファスでしょうから。



 ───トリニティ公爵家当主、クリューリア・ロワ・トリニティ。


「ロワ」は「広く背負う者」を意味する。


 クリューリア・ロワ・トリニティ───






「トリニティの地を取り纏め、皇帝へと忠義を誓う、クリューリアという名の者」。



 ……そんな私と対等以上の立場で語り合えるのは、ルーファス顔がいいだけの奴ぐらいしかいませんし。



 ……だけど。




 ……だけど、コイツに愛称クーで呼ばれるのは。





「……やだ」


「?」


「……お前には、お前だけには言われたくない」


「なんでそんな頑ななんだ……昔はよく呼び合ってたじゃないか。ほら、俺のことも『ルーくん』って────」




 気に入らない。


 だって。




「うるさい」



 コイツが。




「……ッ、……分かった。分かったよクリューリア。これでいいだろう」



 コクン



 ……まあ、取り敢えずはいいでしょう。


 ふぅ……、部屋の中に私たち以外の人がいなくて良かった。

 こんなやり取りを大臣やら官僚やらに見せる訳にはいけませんからね。


 外の景色が昼間から夕方のソレになっているのを見るに、私は今日の会議を丸々睡眠に使った様ですね。



 ……これは周りから陰口叩かれても仕方ありません。




 ……んで。




 私は会議の途中、一度起きた時に流し見した資料を机の上に叩き付けます。




これはなに・・・・・


「何と問われてもな、もう少し具体的に頼む」



 コイツっ……。


 そのヘラヘラとした顔、殴って差し上げましょうか。


 私は、可能な限り表情を動かさないようにして話す。



「見れば分かるだろう……ッ! お前とボクの婚約・・・・・・・・についてだ……ッ!」



 しまった。

 表情はピクリとも動きませんでしたが、口調は感情駄々洩れです。


 これじゃあ、隠した意味がないでしょうに。





「何が不満なんだ」


「『何が不満』? 全部だッ!! そもそもボクがお前の統治に協力してるのはッ!! ボクがッ!! ボクが余計な横槍を入れられる事の無い権力を手に入れるためだッ!!」





 不満に決まってるでしょう。


 貴方、戴冠式の日に私に言いましたよね?


クー・・、お前が俺に協力してくれるなら、俺はお前の望む事を一つか二つは叶えてやる。俺に実現できるものならなんでも、だ』


 だから協力しましたよ。


『血肉の戴冠式』も、『濃い煙の木曜日』も、『帝国内戦』も。


 その後も、そのまた後も、そのまたそのまた後も。


 この十年近く、ずっと。




 ……なのに。




「『俺とお前は裏切らない』。そうあの夜に言ったよなッ!? ボクは地位を求めた。権力を求めた。……お前と同じで、ボクの周りにも味方がいなかったから」




 だから協力した。


 まともに引き継ぎが出来てないお前と。


 無理矢理・・・・引き継いだ私と。




「お前は」




 私の───国に二十といない、数少ない公爵家のその一つ、トリニティ公爵家の後ろ盾を得るために。


 そして私の───私自身の『力』を手に入れるために。




「ボク、は……」




 お前の───皇帝の地位を持つ者からの襲爵の支持を得るために。


 そしてお前の───お前との『契約』を遵守してもらうために。




「………」



 私の癇癪を聞きながら、ルーファスは静かにこちらを見ていた。


 その目は冷静に、それでいて何処か寂しそうで───いや違う、これは憐れみだ。


 まるでノブレス・オブリージュを語りながら、スラム街のガキを見る、貴族の様に。


 さながら町中で喚き散らかすクソガキに振り回される親を見る、周りの人間の様に。



 ───かわいそう。




『なんでそんな事も分からないの?』『これぐらい誰でもできるでしょ』『ねえお願い、お願いだからこれぐらいは……』『辛いなら叔父さんに話してご覧? ゆっくりでいいから治そう?』



 黙れ。





 ……なんだよ。



 ……そんな目でボク・・を見るなよ。





「だまれ」




 知ってる。お前は何も喋ってない。




「うるさい」




 何がうるさいだ。うるさいのは私の頭の中でしょうに。




「もう知らない」




 バンッと机を叩いて、私は立ち上がる。




 理解はしてます。


『帝国内戦』以降、このグルーシス帝国内で皇帝の次に高い爵位である『公爵号』を持つのは、トリニティ公爵家───つまり私だけです。


 私が、この国で2番目に偉い。そしてです。


 皇帝は若く、もし彼が死ねば、次の皇帝───皇族の血を継ぐ者は、遠縁の者になる。


 その様な者が皇帝になれば、間違いなく帝国は割れる・・・でしょう。

 正統性が低い、低過ぎるからです。




「勝手にしろよ」




 私は、後ろにある扉に向かって歩く。



 だから、今の皇帝には跡継ぎが必要です。


 ……いつ、彼が、ルーファスが死んでもいいように。


『血』という絶対の価値を持つ者が。


 ですが、子というものは一人では出来ません。


 相手が必要です。交わる・・・相手が。

 でも、その相手は誰でもいい訳ではありません。



 ───希少で尊い血と希少で尊い血が交わる事で、初めて価値は生まれる。



 ……これは、この世界・・の常識です。


 そして、



 ───片方が幾ら高貴な血だろうと、もう片方がドブ・・ならそこから生まれるものはドブ・・だ。



 これもまた、常識です。





「……このあとどうする?」



 ルーファスが聞いてくる。



「………かえる、領地に。」




 では質問です。


 ───この国で最も高貴な血を持つ皇帝。この血と交じる・・・のに最適な血は?





「……暫く…こもる」





 ───この国で2番目・・・に高貴な血。










 ---




 主人公───クリューリアちゃんの転生後に一番驚いたこと。


「子供って、男女の身体を打ち付け合って出来るんですね」



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