第4話 終始不機嫌なやつ



 ───帝都フロブリッジ。


 其処はグルーシス帝国の首都であり、同時に世界で最も巨大な都市である。



 帝国各地から人・モノ・金の集まるフロブリッジは、帝国の日々続く繁栄に常に貢献している。


 政治・経済・技術・軍事その他諸々は、帝都を中心に動いており、この都市はまさに帝国そのものと言っても過言ではない。



 そんな帝都を上から見ると、皇帝の住まうキャステル城を中心に、東西南北四方向に太い道が走り、まるでバームクーヘンの年輪の様に幾重にも外壁が聳え立っている。





 そんな帝都の北側に向かう大通りを走る数台の馬車の車列がある。


 交通量もこの世界で最も多い帝都では、確かに馬車の車列など珍しくない。


 にも関わらず、道行く人々と、大通りに店を構える者達は、その車列を見てざわめいていた。



「おい、あれって……」


「ああ、あの家紋。それに前の騎兵……」


「貴族か?」


「知らねえのか!?」


「ああ、帝都は初めてでな」


「なら教えてやる。あの家紋は……」














「お嬢様」



 そんな注目の中にある車列。


 その真ん中を走る馬車の中で、一人の男の声が響く。




「…………」


「お嬢様、こういう事・・・・・は困ります。貴方も帝国に仕える貴族の一人として───」



 と、そこまで言って、目の前の「お嬢様」と呼ばれた少女が、自分の話を聞いていないことに気付いた初老の男は、ため息を吐いた。


 勿論、内心でだが。




 初老の男───ロウシは、先々代の当主の時代からトリニティ公爵家に仕える執事である。


 灰を被ったような髪は歳によるものか、最近では白髪が目立つようになった。


 しかし歴代の当主を支え、時には戦場にまで供をしたロウシの眼光は、未だに鋭さを保ったままである。



 ひと睨みで他の従者たちを震え上がらせ、この馬車前後を護衛する者達に「あいつは絶対に何人も殺してる」と恐れられるほど鋭い目は、今は向い合せで丸まる・・・一人の少女に注がれていた。



 ロウシは少女───トリニティ公爵家当主、クリューリア・ロワ・トリニティを見てどうした物かと思案する。



「お嬢様、せめて馬車にはちゃんと座って下さい」



 先程まで履いていたレザーブーツを床に脱ぎ散らかし、椅子に横たわる様にして膝を抱え込んだクリューリア。


 横に四人は座れる程に大きく作られているため、クリューリアの背丈では横になっても狭くはない。



 狭くはない、が。



 流石にこの格好は、はしたないとロウシは注意する。



「…………」



 相変わらず無言な自分の主に、ロウシは最近見た光景を重ねる。



 ───友人の孫も、叱られた時にこんな風に拗ねていたな。



 最近六つを数えるようになった友人の孫と、齢十八を数えるようになったクリューリアを重ねるロウシ。


 年齢は全然違うが、確かに纏う雰囲気は同じだ。



《失礼します》



 少し微笑ましさを感じているロウシの脳内に声が響く。


 魔法の一つ、『念話メッセージ』によるものだ。


 対象と頭の中で会話することができる。モノの要らない無線機の様なものだ。



《なんだ?》


《群衆から注目され過ぎです。仲間が『危機察知アラート』を使ってますが、すり抜けられる可能性があります》




 ───チッ!



 内心舌打ちしながらロウシは考える。


 政治の中心たる帝都では、この国の特権階級である貴族たちも毎日の様に出入りしている。


 そのため帝都の住人にとって、貴族の車列は珍しくも何ともない見慣れたものである。


 それなのに、どうしてここまで注目を集めているのか。





 それは家紋にある。


 村ごとにいる男爵や、幾つかの村を纏める子爵などは、それこそ履いて捨てるほどいる。


 だから彼等が家紋も掲げて進んでいても、誰も注目することはない。

 誰も彼らのことを知らないからだ。




 では、公爵家ならどうなるのか。


 この巨大な覇権国家の中でも、二十もいなかっ"た"公爵家。



 そして今は様々な事情・・・・・で唯一の公爵家となったトリニティ公爵家。




 その希少さから、そして実績・・から誰もが知っている家の家紋なら?



 結果は言うまでもないだろう。


 群衆の視線はトリニティ公爵家の家紋を掲げる車列に釘付けであり、現に今も馬車越しに多くのこちらを見る人々が見える。


 これでは幾ら『危機察知アラート』を介した警戒網を構築していても、不埒な考えを抱く者から車列を、この馬車を守り切れないだろう。




 では家紋を外せばよいのではないか。

 そう言われればそうなのだが、そういう訳にもいかないのが貴族だ。



 帝国に於いて、貴族が自家の家紋を隠す事はない。


 それは面子の問題であり、それと同時にやってくる・・・・・問題を未然に防ぐためでもある。



 ───此処には貴族がいるぞ。だからお前たちは邪魔をするな。




 未だ封建社会であるグルーシス帝国で、貴族と平民という身分の差は大きい。


 両者の間で起きた揉め事は、平民にとっては命の危機であるし、貴族にとっても評判に傷を付ける不名誉な出来事となる。



 だから前もって「こちらは貴族である」と分かるように家紋を掲げるのだ。


 これは余程の事態でない限りは守るべきこととして、帝国の貴族法にも書かれている。





 だがこのルールには問題がある。


 それは貴族の居場所が明確になる・・・・・事だ。


 即ち、貴族との間に問題を起こしたい・・・・・・・・者達を引き寄せてしまうことも意味する。



 暗殺者然り、襲撃者然り。



 そのため、帝都の中では、外から訪れる貴族に向けて、移動の際にエスコート護衛するための騎士団が存在する。



 本来なら、だが。




 貴族は、誰もが知っての通りプライドが高い。



 故に、騎士団の派遣を望む際には、その旨を担当者に自分で・・・伝えなくてはならない。



 勝手に帝都側が騎士団を派遣した場合、「お前の護衛では危険だろう」と侮辱に受け取られることや、最悪の場合は権利の侵害として反感を買うリスクがあるからだ。


 


 自分の側仕えや護衛の者は介さない。


 それは「お前たちを信用していない」と言うことに他ならないからだ。





 ───お嬢様が担当の者に連絡して下さっていれば。




 だから、貴族達は暗黙のルールとして連絡を行う。


 位が高い者なら尚更だ。




 最初にロウシがクリューリアに言った「こういう事・・・・・」とは、そういう事である。




 目の前の不機嫌な事を隠そうともしないクリューリアを横目に、ロウシは再度頭を抱えた。





───その後幸いな事に、無事に領内に帰還できたそうな。











 ---




 おいクリューリア主人公、お前いつ核ぶっ放すの?と思っているサク=シャ。




 ちなみに、脱ぎ捨てられたレザーブーツはロウシからの贈り物です。完全に孫扱い。


 頑丈な魔物ワニと熊のキメラ擬きの革を材料に、公爵領の職人が丹精込めて作った名品。クソ高い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る