第6話 勇者、電車に乗る
一歩外に出ると、広がっていたのは多くの建物と動く大きな物体。遠くには山も見えるが、母国のシグリルアとは全く違う風景だった。
スタスタ歩くマシロに続き、オレは階段を降りながら彼女に質問する。
「マシロ、あの動いている大きな物体は一体なんなんだ?」
「大きな物体?」
マシロは振り返ることなく面倒くさそうに首を傾げた。
地上に着き、オレはその動く物体を指さして、マシロの肩を揺する。
「ほ、ほらあれだあれ! オレたちよりも遥かに大きな物体が動いているではないか!? しかもその中にヒトが乗っているぞ!」
「あー、車のこと? まああれだよ、あれ、ユーリの世界にも馬車ってあるでしょ? それが進化した乗り物」
馬車の進化系? 馬車には馬をあつかう
だが動物を使わずに一体どうやってあのような大きな物体を動かしているのだろうか。
「なんだかすごいな……ニホンという国は……」
オレが呆気に取られてそう呟くと、マシロはやっとオレの方を向いた。
「まあ技術はすごいけど、ユーリの住んでたところだって魔法とかあるんじゃないの? それこそ火や水を一瞬で生み出せたりとかさ」
「そうだな。魔法は便利なものではあるが、それによって土地を巡る争いが頻繁に起きているからな。魔法の強さで階級が決まっているようなものだし、魔法を上手く扱えないものはいくら技術や知識があろうとも下に見られる」
だからこそオレは魔法に頼らない強さを求めた。武術、剣術を磨き、勇者という称号まで得られた今、国のあり方を変えようと意気込んでいたばかりだったというのに、こんな状態になってしまい、仲間たちにも申し訳ない。
どうにか元の世界へ戻る方法を見つけないと。マシロにもこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないし。
一人で色々なことを考えていると、前を歩くマシロとの距離が思ったよりひらいていた。人も多く、はぐれないようにとオレはマシロの横に駆け寄った。
「そういえば、これからどこへ向かうんだ?」
「友達んとこ。カフェで待ち合わせしてるから」
歩くことおよそ十分。なにやらガタゴトと音がし、「サンバンセンニデンシャガマイリマス」とどこからか大きな声が聞こえた。何を言っているのか一度では判断できず、オレはただただマシロのあとをついていく。
「なあ、マシロ、ここはどういう場所なんだ?」
なにやら画面を操作している彼女は「駅」と短く応えた。
「エキ……」
「……めんどくさ」
「め、めんどくさい!? オレ、またマシロの負担になっているか!?」
いけない。せっかくここまでなんとか親切にしてくれたマシロに迷惑をかけるなんて。……ん? いや、親切、ではないか。
「ずっと迷惑」
マシロは
動かないオレを彼女は目を細めて見上げ、大きなため息をつく。
「日本には移動するための乗り物がいっぱいあるんだよ。駅は電車っていう乗り物が集まる場所みたいな感じ」
そんな説明をしてくれていると、マシロが操作していた機械から小さな紙が一枚出てきた。どうやらこれがデンシャとやらに乗るために必要らしい。ジョウシャケンやキップと呼ぶそうだ。
「そこを通るときにそれをあの穴に入れればいいから」
「わ、わかった。やってみる」
オレはマシロからそれを受け取ると、彼女のあとに続き、機械にジョウシャケンを挿入した。すると、入れないようにガードされていたバーの部分が自動で開き、再びジョウシャケンが機械の中から出てくるので慌てて取る。
マシロはジョウシャケンは使わず、カードを使っていたが、この機械はどういう仕組みで動いているのだろうか。
ニホンの機械は不思議なものが多い。オレの世界からこちらの世界へ転移している研究者も何人かいるだろうに、こういった技術は一切オレの国には持ち込まれていない。優秀な職人がここの技術を使えば、オレらの国はもっと発展する気がする。
マシロと一緒にデンシャに乗り込む。ガタゴトと揺れるデンシャの中から窓の外を見ると、大きな建物がやはりいっぱいあった。ニホンはオレの国の何倍もの人が住んでいるんだろうな。
そういえば、ニホンには空を飛ぶ乗り物があるとじいちゃんから聞いたことがある。
「マシロ、オレはヒコウキとやらは知っているぞ! 空を飛ぶ乗り物と学んだ」
こんなオレでも知っているものがあるのだ。胸をはるオレを、マシロはあきれた表情で見てきた。
「なんで飛行機は知ってて電車は知らないんだよ……」
電車のドアに寄りかかりながらため息をつくマシロ。
「異世界人用のガイドブックとかあればいいのに」
窓の外を眺めながらぽつりとそんなことを漏らすマシロに、オレも思わず「すまん……」と謝ってしまった。
デンシャに乗ること約十五分。目的地にたどり着いたようだ。
ジョウシャケンを再び機械の穴に入れ、出てくるのを待つが、一向にジョウシャケンが出てこない。後ろに並ぶ人の舌打ちが聞こえ、オレは先に進んでいるマシロを呼んだ。
「ま、マシロ! ジョウシャケンが出てこないぞ!」
バッと振り返ったマシロは慌てた様子でオレの元へ駆けてくると、「すみません!」と誰にともなく謝り、オレの手を掴んで早歩きでエキから脱出した。
「ジョウシャケンはいいのか?」
未だオレの手首を掴みながら前を歩くマシロに問いかけると、彼女は手を離し、歩く速度を緩めた。
「乗るときは出てくるんだけど、降りるときは出てこない仕様なの。もー、いちいち説明がめんっどい!」
頭をかくマシロをどうすることも出来ず、「まあまあ、落ち着いて」となだめた。するとマシロはじとっとした目をオレに向ける。
「誰のせいでこんなことになってると思ってんの!」
オレは彼女の右手から繰り出される拳をみぞおちにくらった。
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居候勇者がめんどくさい 浅川瀬流 @seru514
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