辺境伯領編 第54話 出発前なのにバタバタしていた

「ルシア君、また凄い物を作ったようね。メイド達がルシア君を神様だって崇めていたわよ」


 夕食の食堂。マライアさんも帰ってきて、四人でのお食事の時間だ。昨日の夜とは違い、美味しそうな料理がテーブルに並んでいる。


「あれは誰でも作れる木箱ですよ」


「ああ、俺も見たが、あれは木箱だ。俺でも――」


 シュンッ。


 音と共に、お父さんの頬を掠めたフォークが壁に突き刺さる。


「あなたは――黙っていなさい」


 投げたのは戦慄姫ことお母さんだ。


 コクコクと冷や汗を流して頷くお父さん。


「あれがただの木箱? あの発想こそが至高なのです。次に“ただの木箱”などと言ったら……」


「「言いません! 絶対に言いません!」」


 僕とお父さんは顔を青ざめさせ、お母様に誓った。




「ルシア、余り私の悩みの種を増やすんじゃない」


 半分諦め顔で僕を見るマライアさん。


「あれは教師になった時に、僕以外でもコピーカードを使える様にしたかっただけですよ?」


 前世ではオフィスにコピー機は当たり前に有ったからね。


「それでもだ。パテント申請を知らないのか? あれは申請が色々と面倒なんだぞ」


「パテント申請?」


 この世界にも特許とかあるんだ。


「ああ、国王庁か商人ギルドで申請出来る。国王庁の方が申請は簡単だが、権利は国内に限る。商人ギルドでの申請は世界中で拘束力を持つが、書類が面倒な上、申請料も高い」


 なるほど、国内特許と国際特許みたいな感じか。確かに特許って申請が大変だったよな。あの時を思い出すだけで胃が痛くなる。


「ルシアの発明は世界経済に影響を与える発明だから、申請は商人ギルドになる」


「そうなんですね」


 僕の緩い返事にマライアさんのこめかみがヒクヒクと動いた。


「誰がその申請書を書くと思っているんだ」


「え、え〜と……誰でしょう?」


「ならルシアが書いてみるか?」


 冷笑のマライアさんが怖い。うん、マライアさんはお母さん似だな。


「宜しくお願いします!」


 僕は素直に頭を下げた。





 テーブルの料理も大分無くなり、お母さんやマライアさんは食後のお茶を飲んでいる。


「もっとゆっくり出来んのか?」


 先ほどマライアさんが明日には鉱山村に帰る話をしたら、お父さんは少し寂しい顔をしていた。


「はい、父上。領主の仕事も有りますし――」


 マライアさんが恨めしい目で隣に座る僕を見る。


「幾つか仕事が増えましたので」


 僕は苦笑いで答えた。


「あなた、私達もゆっくりしてはいられませんよ。陛下にお伝えしなければならない事がございませんか」


「あ、あの、それは僕の件ですか。ご迷惑をおかけします」


「それもあるが、くだんの冒険者だ」


「冒険者?」


「帝国が飛竜部隊の為に、ワイバーンの卵に報奨金を掛けているのは有名な話だ」


「ワイバーンって手懐けられるんですか!?」


 飛竜部隊とはカッコいいけど、昨日戦った獰猛なワイバーンを手懐けられるとは思わなかった。


「帝国には優秀な魔術師がいるみたいでな、普通はそんな事は出来んよ」


 お父さんは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「帝国が最近活動的なのはソイツがいるからだ。腹立たしい限りだ」


 コップに注がれていたワインをグッと一気に飲み干した。


「そこにきて、レッドワイバーンの卵を盗んだ冒険者だ。十中八九、卵は帝国に運ばれるだろう。この事は国王陛下の耳に入れておかなければな」


 お父さんは視線を動かしお母さんを見ると、お母さんも静かに頷いた。


「王国が火の海になる前に対策を立てねばならん。ルシアの話は、まあ、ついでだ」


「父上、ついででは困ります。来月には学院が入学式を向かえる。それまでにルシアの囚人の身分を解いて貰わなくてはなりません」


「ん〜、まあ大丈夫だろ。王都までは馬車で一週間、まだ時間はある」


「で、ですが……」


 マライアさんは暫く間を開けて僕を見た。


「ルシア、王都まで父上達を頼めるか?」


 頼めるかって事は――


「はい、大丈夫です」


「マライア、ルシア君に何を頼むの?」


「はい、母上。ルシアは転位魔法が使えます。父上と母上を一瞬で王都にご案内出来ます」


 しばし食堂に沈黙の時間が流れた。


「「転位魔法ッッッ!!」」


 そして盛大な驚きの声がテーブルの上のグラス達を揺らしたのである。





「色々とありがとうございました」


 鉱山村に帰る僕達を見送ってくれるアンナさん。


「ルシア様、これを」


 アンナさんから渡された黒い封筒。


 封筒が……黒い?


「な、何ですか、これは?」


「妹のニーナに渡して下さい。姉からと伝えて頂ければ喜んで受け取ると存じます」


 喜ぶ? 本当にぃ?


「分かりました。ニーナさんに必ずお渡しします」


「ありがとうございます。であればニーナもより一層ルシア様に献身致すと存じます」


 そう言ったアンナさんの笑顔。この素敵な(怖い)笑顔も必ず伝えよう。


「では、アンナさんもお体に気を付けて」


「はい。ルシア様から頂いたコピー箱があればメイド一同健やかになります。ルシア様もお体おいとま下さい」


 アンナさんに挨拶をし、僕とマライアさん、お父さんとお母さんは転位魔法で王都へと跳んだ。


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