第69話 これが世紀の大発明?
「では、以前に質問のあった『0』の必要性について、今日は話をしたいと思います」
講堂に立ち生徒たちの顔を確認する。
相変わらずの特等席に座るレスティーナ様は、いつも目を輝かせて僕の授業を受けてくれるので、とてもやり甲斐がある。
学院の算数の授業は、一日三回になり、その中でレベル分けをした。
Cクラスはアラビア数字の基礎から足し算、引き算
Bクラスは九九からの掛け算、割り算
Aクラスは四則計算を用いた初歩的な応用問題
今はAクラスの授業。優秀な生徒も多く、新算数に対しての学習意欲が高い。
「皆さん、マイナスという数字をご存じですか?」
僕の問いにいつも真っ先に手を上げるのはレスティーナ様だ。
「オホホ、知りませんわ」
「ありがとうございます」
ローマ数字の概念は現物の数を数える数字のため、簡単な計算にしか用いられない。沢山の物を数える時はアバカスと呼ばれる計算盤が使用される。
新算数はアラビア数字を用いた『位取り記数法』であるため、計算を容易にしている。
そしてローマ数字は『現物を数える』観点からマイナスの概念が存在しない。
「では『0』とマイナスについて説明します」
僕はコピー箱でコピーしたプリントを生徒に配り、黒板にも書き出して説明をした。悩んでいる生徒もいたが、レスティーナ様は感服したとばかりに、瞳を輝かせている。
「先生、マイナスは何となく分かりましたが、何の役に立つのですか?」
とある生徒が手を上げて質問してきた。
「では実際にどう使うか考えて行きましょう」
◇
「ルシア先生、今日の授業もとても素晴らしかったですわ、オホホ」
研究室に向かう廊下。レスティーナ様とアンソニー、双子の姉カンナが一緒に付いてきた。
「ボクも、あのりんご売りを題材にした、損益分岐点を0とした時、損をした時の数字がマイナスだって説明は凄く分かりやすかったよ」
「そう言って貰えると、僕も嬉しいよ。それにこれから君たちに作って貰う魔法陣カードは『0』の概念を理解しておかないと作れないカードなんだ」
「ボクたちも魔法陣カードを作れるの!?」
「もちろん。だって君たちは魔法陣研究会の生徒なんだからね」
僕が言うとレスティーナ様とカンナはお互いの顔を見て喜んでいた。
◇
午後三時になると双子の弟リオンも研究室にやってきた。
「姉ちゃん、何をやってるの」
「スライム液の粘度を調整しているのよ」
カンナは僕の指示で、僅かな熱で膨張する液体――スライム液(スライムの体液に防腐剤などを入れたアメーバ状の液体)を細いガラス管に入れるために、木のボールに入れて、水を加えながら粘度調整をしていた。
「アンソニー様はなんでお湯を沸かしているんですか?」
アンソニー君には魔導コンロを使い、鍋でお湯を沸かして貰っていた。
「オホホ――」
とリオン君の問いにレスティーナ様が答える。
「今は世紀の大発明、温度計を作っているのですわ」
温度計って世紀の大発明なの? 前世ではごく普通にあった品物だ。
生徒たちの魔法陣カードの研究テーマとして、温める魔法陣カードと、冷やす魔法陣カードを作って貰う予定だ。
温めるにしろ、冷やすにしろ、どれくらいなのかを明確にしないと魔法方程式が成立しない。
この世界には『0』の概念がなかったため、温度も、人肌の温もりとか、冬の朝の寒さとか、感覚的な温度尺度しかない。
先ずは温める魔法陣カードの研究をして貰う。理由は簡単で、温める方が簡単だからだ。
「先生、だいぶゆるくなったよ」
細いガラス管に原液のスライム液では管の中に入らなかった。そこで粘性を下げる作業が必要になった。
「ヨシ、やってみよう!」
◇
こうして出来上がった世界初の温度計。
僕はまさか本当に世紀の大発明と呼ばれるようになるとは、この時は考えもしていなかった。
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