辺境伯領編 第49話 被害総額は……見なかった事にしたい
「や、やっちゃった……」
お城に戻った僕が目の当たりにしたのは、埃臭い廊下に割れたガラスや陶器の欠片が散乱している惨状だった。
アワワ……。
両手を歯で噛みしめ、愕然となる僕。きっと街中も似たような状況だろう。
「ガハハ、こりゃ盛大に壊れてやがるな」
ガハハじゃないですよね。
「け、怪我人は、怪我した人は……」
怪我人ならまだいい、死人が出ていたら……。
「慌てるなルシア。暫くしたら被害状況も分かるはずだ」
頼む、誰も死んでいないでくれ。
「そ、そうですね……」
僕は力なく返事をして肩を落とした。
ワシャワシャ
大きくて硬い手の平が僕の頭を雑に撫でた。
「レッドワイバーンが来襲したんだ。この程度の被害は被害のうちに入らん」
「でも……、誰かが死んでいたら」
僕の魔法が人を殺した。
うっ、うっく……。
僕は自分のしでかした行為に恐怖し、全身が震えだし、そして――
「うわぁぁぁぁぁぁん」
大きな声で泣き出した。
瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
その時、お父さんが膝をつき僕を優しく抱きしめてくれた。
ゴツゴツした硬い胸。でもそこから伝わる温かさに心が緩み、僕はその胸の中で涙が枯れるまで泣き続けた。
◇
ぐぷぷぷぷ
僕は湯船に顔を半分沈めて、まだ落ち込んでいた。
お城で泣き崩れた僕を、お父さんが抱き上げ、「戦の埃を落とすぞ」と、白い湯気が立ち昇る大浴場へと連れて来られた。
「元気を出せルシア」
隣には歴戦の戦で負った、幾つもの傷がある巨体のお父さんがいる。
「で、でも……」
「男は『でも』と『だって』は口にするな。男が下がるぞ」
ん? お父さんも『だってね、お母さん』みたいな事、言ってなかったっけ?
「は、はい」
突っ込む気力もない僕は素直に返事をした。
「それにお前は二つ勘違いをしている」
両手でお湯をすくい、顔を流してから話を続けた。
「一つ目は、お前が思うほど辺境の民は弱くはない。日々魔境の魔物と戦い、山脈の先にある帝国の脅威にさらされているのだ。膝を擦りむいた程度、窓が割れた程度でオタオタする様な弱い心は持っておらん」
僕は湯船から顔を出しお父さんを見上げた。
「二つ目、お前は街を壊したんじゃない。街を救ったのだ。辺境一万の民の命を救ってくれて感謝するぞ、婿殿」
婿殿……。
「お、お父さん」
「だからいつまでもしょぼくれているな!」
お父さんは僕の頭をガシッと掴むと、湯船に突っ込んだ。
「男なら頭を沸騰させろ、熱い心を持て――」
お父さんは立ち上がり湯船から僕も引っこ抜かれた。
「そして、自分の信念に胸を張れ。それが漢というものだ」
ワンハンドでお父さんの顔の高さまで持ち上げられた僕。そしてお父さんは厳つい顔でニッと笑った。
その笑顔で僕の心に温かい何かが流れ込んでくる。
お父さんか……。
◇
「お父さん、大変です!」
お風呂上がりの脱衣所。
「僕の服が有りません!」
「メイドが洗濯にでも持っていったんだろ」
平気な顔で言ったお父さんは、体を拭いたタオルを籠に投げいれる。
「で、でも着替えも有りませんよ」
「着替えなら部屋にある。行くぞ」
えっ?
お父さんは裸のまま脱衣所の扉を開けた。
「お父さん、服は……」
「だから部屋にある。ルシアもついてこい」
お父さんは裸のまま廊下に出てしまった。
マジで? と、とりあえず――
僕は体を拭ったタオルを腰に巻いて、こそこそとお父さんの後についていった。
◇
お父さんの私室で着替えている時に、メイドさんが書類を持ってきてお父さんに渡した。
「喜べルシア。被害状況だが死人はいない。負傷者はいたが、災害規模から見たら軽微な方だ」
僕はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「しかし……」
お父さんは書類を見て唸っていた。他にも何か不味い事があったのだろうか。
着替えを済ませた僕とお父さんは、先ほどの応接間に向かった。
「はぁ〜」
応接間に入るとソファーに座りため息をついているお母さんとマライアさんがいた。
お母さんの顔は出会った時の天真爛漫な笑顔は見る影もなくなっている。
僕はマライアさんの隣に腰を落とす。
「ルシア、今回は良くやってくれた。まぁ多少やり過ぎではあったが」
やり過ぎ感は勿論僕もある。あの時は目の前の森や村の被害ばかり考えていて、街の被害を全く考えていなかった。大反省である。
「す、すみませんでした」
「謝るなルシア、胸を張れ!」
お父さんから一喝される。
「そうだぞルシア。壊滅級の災害からしたら被害は奇跡的に少なくすんだんだ」
マライアさんもフォローしてくれた。
「はい」
僕は胸を張ってテーブルの上に広げられていた書類を見た。
「えっ」
思わず出た驚いた声を聞いたお母さんが慌てて書類を片付けて、部屋にいたメイドに渡した。
チラっとだけ見えたけど、被害総額……凄い金額になってたな。
「マチルダ、ルシアの前でため息をつくな。それはこちらの問題だ」
「そうね、ごめんねルシア君。それから領都を守ってくれてありがとう」
感謝の言葉は嬉しいけれど、あの金額を見てはいそうですか、とはならないよね。
僕に出来る事……。異空間収納にある討伐した魔物の死骸……、あの金額からしたらはした金か。
ん〜〜〜、そうだ、アレならもしかしたら。
「お母さん」
「なぁにルシア君。というかもうお義母さんって呼んでくれるのね」
「そ、それは一先ず置いときまして――」
僕は応接間に置かれていた鞄からアレを取り出しテーブルに置いた。
「おい、ルシア!」
焦った声を上げるマライアさん。僕はマライアさんを見て――
「僕がそうしたいんです」
と言うと、マライアさんはクスりと笑い、ルシアらしいなと言った。
「見慣れないカードだな」
「方程式が……分からないわね」
魔法陣カードを見て戸惑っている。
「これは僕が作った魔法陣カードで、コピーカードと言います。復興の足しに使って下さい」
「はっ?」
「ルシア君、今、作ったって言った? 言ったわよね!」
「はい。僕が作りました」
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」
お父さんとお母さんは瞳を見開いて、物凄く驚いていた。
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