王都訪問編 第32話 怒り
顔面を殴りつけたクソ野郎は、その勢いで石畳の上を転がり、一緒にいた厚化粧の女も吹っ飛んでいったが、そんなことはどうでもいい。
マライアさんを悲しませた代償はこんなもんじゃない!
「てめぇ!」
ボディーガードの男達が怒りの形相で向かってきた。
「『身体強化』」
流石に僕の身長の倍近い屈強な体の大人相手に普通には戦えない。
一番手前にいた大男が剛腕を轟かせて殴りかかってくる。僕はその丸太のような腕を掴み、一本背負いよろしく投げ捨てる。
石畳に強打した大男が口から血を吐いた。
二番目の大男は大剣を抜き、上段から振り下ろしてきた。それを左に交わし、脇腹に拳を叩きつけた。
悶絶し膝を付く大男。
三人目は相撲レスラーの様な肥満体型の男だ。僕を掴みにきた太い腕を交わし、醜い腹を殴りつける。しかし柔らかい肉の壁に僕の拳が飲み込まれた。
ヤバいと思い一旦離れようとしたが――。
「俺に打撃技は効かんぞ」
男はニヤリと笑い、僕を両腕で抱えこむ。バキバキと骨がきしむ音がする。
うがぁッ!
「て……『転位』」
からくも転位魔法で男の腕から逃げ伸びる。
打撃が効かないなら。
「『斬手刀』」
僕は右手の先に青白い鋭利な魔力を纏わせた。これで殺ってやる!
僕は男を睨みつけて突進した。
「こ、殺すな!」
声が聞こえた。大切な人の声だ。しかしその声はいつも明るい声じゃない。
「ルシア、殺しちゃいけない……」
僕の足が止まる。
マライアさんは震える膝を押さえながら立ち上っていた。
「なぜ止めるんですか? マライアさんを悲しませたあいつらを僕は許せない」
僕は再び男を睨みながら足を動かす。
「止めてくれ……。私はもう、これ以上悲しみたくない……。私のせいでルシアがいなくなったら……」
足が……クソ、動かない。
「もう、いいんだ。怒りを鎮めてくれ……。お願い、だから……」
絶望、憎しみ、悲しみ、そして僕を思う愛情……、様々な思いがこもったマライアさんの声。
ダメだ。これ以上マライアさんを苦しめられない。
マライアさんの瞳から溢れ出る大粒の涙を見た瞬間、僕の戦意は消え斬手刀が光の粒となって消失した。
「マライアさん、僕は、僕は……」
悔しみの涙が頬をつたい流れ落ちる。
「「「うぉぉぉッ!」」」
残りの二人の男が一斉に剣を抜き、僕に襲いかかってきた。
しかし僕はもうこいつらを殺す事は出来そうになかった。
「『威圧』!」
魔力のプレッシャーで男達を威嚇した。一瞬たじろいだ男達だが、再び僕に向かって突進してくる。
いい加減にしてくれッ!
「『威圧』ッ!!」
辺りの空気さえも凍てつく様な魔力のプレッシャー。流石の男達も石畳に尻もちをついて恐怖に怯えた顔をしていた。
僕はやり場のない怒りを抑え込もうとした時、パチパチパチと拍手をする音が聞こえた。
喜怒哀楽を感じない冷めた拍手の音に一瞬体が凍りつく。
コツ、コツと石畳に響く乾いた足音と共に暗闇の通りから黒服の男が現れた。
「凄いですね。こんなプレッシャーを出せる子供がいたなんて驚きです」
ニヤけた笑みをたたえる細い目の男。
「あなたは?」
気を削がれた僕は、今の今まで気配さえ感じなかった男の出現に違和感を感じて質問をした。
「私が、誰かですか? ……今は愚かな伯爵家当主様の世話係という事にしておきましょう」
僕の『威圧』の魔法に臆する事なく軽口を叩く男。
「ほらほら伯爵様、お漏らしなんかしてないで帰りますよ」
細目の男は股間を湿らせ泡を吹いて倒れているクソ野郎を担ぐと、「あなた方も帰りますよ」と言って、大男達を連れて暗闇の通りの中に消えていった。
背中に冷たい汗が流れた。
何だろう、あの男の違和感は……。
そう思ったのは一瞬。僕は我に帰りマライアさんを探した。
見ればエリザベート様が膝をつくマライアさんに寄り添っていた。
「ルシア、よくぞ伯爵を殴ってくれました」
エリザベート様からはお褒めの言葉。
そして、マライアさんは――少し微笑みを浮かべ、僕を見てくれた。
「……ありがとう、ルシア」
◇
【とある館の一室】
森の中に佇む古い洋館。暗闇の中に一室だけオレンジ色の灯りが灯っている。
細目の男が一人ワイングラスを持ち、窓から暗い森を眺めている。
「……あの魔力、あの少年は面白い」
男はグラスのワインを一口飲むと、部屋の壁際にある棚へと足を運んだ。
「たしか……」
棚の中には幾つものガラス製のフラスコが並べられている。
そのフラスコの中は黒と紫が溶けあった様な液体が入っており、白いラベルが貼られていた。
『冒険者マイケル』
ラベルに書かれている名前のフラスコを男は取り出した。
「ま、今日はこの男がいいですね。彼の最後の絶望の顔は今でも鮮明に思い出せます」
男はフラスコに鼻を充てて香りを楽しみ、その後フラスコを煽って中の液体を飲み干した。
「……意外と残念な味でした。あの男は見掛け倒しという事ですか」
フラスコから手を離しすと赤い絨毯の上で砕け散った。
「あの少年の魂の味、今から楽しみですよ」
男は細い舌で口の周りをぬぐうと、気色の笑みを浮かべた。
「おや、これは……」
棚の端に置かれていた小瓶を見つめる。
「良い事を思いつきました」
男は黒い小瓶を手に取りほくそ笑む。
「少し早いですが、伯爵様にはコレを試してみましょう」
男は妖しく口角を上げ、小瓶を胸のポケットにしまいほくそ笑んだ。
「さてさて、あの少年はどう対処してくれるか、ワクワクしてきます。ふふふ、絶望で魂の色を塗り替えて下さい」
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