幼年期編最終話 第9話 僕のスープがヤバいから雨を降らせてみた
八歳の夏。
みすぼらしい僕の食事が、更にみすぼらしくなっている様な気がする。
「テレス、スープの野菜……日に日に減ってない?」
「減ってますよ」
確信犯だった。
「どうして?」
「今年は全く雨が降ってないから、川の水も干上がって、大不作なんですよ」
……そういえば最近はぜんぜん雨が降ってなかったな。
「百年ぶりの大干ばつだって話です。食事にありつけない家もあるみたいですよ」
……マジか?
「親父様は何か対策しているの?」
「男爵家の台所が干上がらない対策はしているようですが……」
はぁ〜。僕の分が減っているのもその対策って事か……。クソがッ!
そんな対策を続けて一揆とか起きたら洒落にならんよ。まあ、そん時は逃げるけど。
「水不足は魔法で何とか出来ないの?」
この世界には魔法がある。魔法で水を作ったり、雨を降らせたりする事も出来る気がする。
「生活魔法じゃ賄えないみたいですね」
「高位の水魔法使いとかはいないの?」
「いたら誰も苦労はしてませんよ」
なるほど。僕はテレスが離れを出た後に、転移魔法で近隣の状況確認をする事にした。一揆なんて起きたら、男爵一家皆殺し案件だからね。
◇
「言われて気付くとは……僕もまだまだ子供だね」
転移魔法で
日頃から飛翔魔法でこの辺を飛ぶけど、自分の魔法の事ばかり考えていて、畑の事など気にかけていなかった。
うん、畑、見事に茶色だ。
言われてよくよく見てみれば、どこの畑も枯れ果てている。
「……川は?」
水源である川の方に行ってみれば、川底を薄っすらと水が流れている程度で干上がるのも時間の問題だ。
仕方なく、次は村の方へ移動して上空から観察してみれば、村人たちは誰も彼もが足取りが元気なく、歩くというより漂ってるように見えた。中には、完全に膝を抱えて魂が抜けてる人までいる。
……あかん。
こんな状況で男爵家だけに食べ物があったら確実に男爵領一揆コースだね。僕の離れが燃える未来が見えるよ……。
「『雨雲召喚』」
僕は魔法で雨雲を作り出す。降水量は5ミリ、範囲は約10キロメートル、効果時間は5時間にして様子を見てみる。急な大雨は要らぬ災害を招きかねないからね。ここは控えめに雨を降らす事にした。
眼下を見れば慌てふためく村人が見えるが、その顔には笑顔が見えた。村人一揆回避の第一歩だ。
それから数日は雨降らし活動に勤しむ日々が続いた。
まあ、家にいても暇だし、ついでに男爵領以外の場所にも足を運んでいたりした。王都に行った時などは青い尖塔が幾つも立つ美しいお城に感動したものだ。
さて、その甲斐もあってか、川の水かさも日に日に増えているし、スープの野菜の量も回復の兆しがあった。うん、何よりだ。
◇
空を翔ける黒髪の少年。彼が訪れた地には恵みの雨が降る。そんな
「母様、母様、お外、雨だよ!」
王都リステンシュタインの王城。窓に駆けよった淡いピンクのドレスを着た幼い少女が、部屋のソファーに座り刺繍をしている母親に嬉しそうに声をかけた。
先ほどまで雲一つない青空だったが、今は薄暗い雲が立ち込め、幾日ぶりかになる雨が王都の石畳を濡らしていた。
王都でも既に幾つもの井戸が枯れ、王都民は水を求め、水を支給する広場や教会に長蛇の列を日々作っていた。
また、下水道も水が流れず、主管だけは王宮魔術師によって水を流していたが、多くの枝管は干上がり、汚物から発生した異臭が街に立ち込めていた。いつ疫病が発生してもおかしくない、限界の中での恵みの雨だった。
「母様、黒髪の魔術師様が来てくれたのかな!」
幼女は瞳を輝かせながら、雨雲を連れて来るという黒髪の少年が、雨雲の空にいないかキョロキョロと探し始めた。
王国内の各地で雨を降らせているという黒髪の少年の噂は王城内でも話題になっている。
その噂を信じる者もいれば否定する者もいた。宮廷魔術師をもってしても広範囲に雨を降らせる事は不可能なのだから、子供がその様な大魔法を使う事など普通は有り得ない事だ。
しかし、刺繍に針を通す女性は黒髪の少年の偉業を信じて疑わなかった。少年が
「そうね。またあの坊やに助けて貰ってしまいましたね」
女性は幼女が眺める窓の外、恵みの雨を見ながら静かに微笑んだ。
◇
これが黒髪の魔術師の伝説の始まりだった。
【作者より】
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