幼年期編 第6話 今日こそお肉のはずが人助け?

 今日は青空の下を『飛翔』の魔法で飛んでいる。今日はテレスが離れに来ない。


 昨夜、そう言っていたから今朝から離れを飛び立ち、一路東に向かって空を翔ける。


 東には大きな街がある筈だ。きっとお肉もある筈だ。


 夜に東の方を見ると明るく光っていた。夜でも明かりが落ちない街があるに違いない。


 この世界の街並みに興味津々でワクワクしながら空を飛んだ。



◇



 二時間程飛んでいると遠くに高い塀で囲まれた城塞都市が見え始めた。


「あれか。大きい街だな」


 距離的にあと二、三キロメートルぐらいだ。ゆっくり飛んでも十分もかからない。しかし、僕は街道から少し外れた草原で魔物に襲われている馬車を見つけてしまった。


 白い豪華な馬車の周りには鎧を着た兵士が十人ぐらい。それを囲う三十頭近い狼の群れ。狼には角が生えており、普通の狼ではない事が分かる。


「なんか、ヤバそうだな」

 

 兵士は馬車に近付く狼の魔物を退かせてはいるが、狼の体毛が硬いのか退治には至っていない。しかも多勢に無勢だ。


「加勢しよう」


 僕はその上空まで移動し、


「『高速石弾』✕20」


 20個の魔法陣が魔狼の群れの上空に現れる。そして魔法陣から現れた石弾が、戦闘を後方で見ている魔狼に向かって放たれた。


 意識の外からの攻撃に反応が出来ていない魔狼は、頭や体に風穴があき絶命する。いや、一頭だけが石弾を避けた。


 そいつは体躯も他の狼よりもデカく、長い角が二本生えている。


「外れた!? 野生の勘ってやつ?」


 続けて高速石弾をそいつに数発放つが、距離もあり、弾道予測もつきやすい為か、全くかすりもしないで躱された。


「ならば、『転移』」


 転移の魔法は見えている場所なら容易に瞬間移動が出来る。僕はそいつの背後に跳び高速石弾を放つ。


「マジか!?」


 デカい胴体を狙った不意打ちの高速石弾だが、咄嗟に反応した巨狼の後ろ足をかすめただけだった。


 巨狼は身を翻して僕に襲いかかる。


「『転移』」


 一度上空に避難する。男爵領での害獣狩りでここまで苦戦する魔物はいなかった。威力の高い音速石弾ならダメージを与えられると思うけど、爆風で馬車や兵士まで巻き込んでしまう。


「『光速熱線』✕10」


 上空から10個の魔法陣を展開し、放たれた魔法光線が巨狼の体を貫通する。流石に光速の攻撃は避けられなかったようだが、急所に当たらなかった事もあり、たいしたダメージを与えられていない感じだ。『光線熱線』は速度と貫通力は超一級品だが、破壊力がいまいち足りない。


「Wooooooooooooooッ!!」


 巨狼が上空の僕を睨み咆哮を上げる。その声に反応した他の狼達が上空の僕を一斉に見上げた。えっ!?


「角ミサイルかよ!?」


 巨狼以外の狼の角が一斉に僕に向かって飛んでくる。角ミサイルとは意表を突かれ少し吃驚したが、転移の魔法を使い余裕で躱す。そして転移した先は――。


「これならどうだ」


 巨狼の背に跨る様に転移して近接魔法を行使する。


「『斬手刀』」


 手の先に鋭利な魔力を纏わせ、巨狼の背中越しに首を切り飛ばす。斬手刀の切れ味は花崗岩を含む岩石で試し斬りをしている。鉄や銅ぐらいは余裕で切れる切れ味がある。


 首を無くした巨狼が倒れると、他の狼達が蜘蛛の子を散らす様に草原を駆けていった。


 そして兵士達の視線が僕に向けられている。五歳の子供が空から魔法を放ち、最後は手刀で巨狼の首を落としたのだ。妖しさ満点である。


 さてどうした物かと考えていると、兵士達に囲まれていた。


 そうなるよね。


 兵士達が一歩前に出たその時、白い豪華な馬車の扉が開き、綺羅びやかなドレスを着た貴族然とした若い女性が降りてきた。馬車に記された紋章も立派で、高位貴族を思わせる。


「坊や、少しお話よろしいかしら」


 少しお話よろしくない。


 何て弁明しようかと考えが纏まらないうちに声をかけられてしまった。


「『て、転位』」


 そして慌てた僕は『空間転移』の魔法で速攻逃げ帰ってしまった。


 今日もお肉にはありつけなかった。



◇



【とある貴族の驚き】


 彼女は出産に備えて実家に帰る道中だった。街道に現れた黒い魔獣の群れ。護衛の騎士達が善戦するも、騎士達を抜けて黒い魔獣が彼女が乗る馬車を襲う。


「エリザベート様、馬車を走らせます」


 御者が馬に鞭を入れ、数人の護衛騎士を連れて街道を馬車は走った。


 馬車の中では侍女三人が揺れる馬車に悲鳴を上げている中、彼女は意外にも冷静に窓の外を見ていた。


(これは……逃げられそうにないですね)


 茂みの中から新たな黒い魔獣が現れ道を阻む。馬車は逃げ道を塞がれ、右手に広がる草原へと向かうしかなかった。


 窓の外を見つめる彼女の目に映るのは魔獣に倒されていく騎士達の姿。その姿を見て彼女はお腹を優しく撫でた。


(この子を守れそうにはありませんね……)


 諦めの言葉が静かに溢れた。しかし、次の瞬間、次々と倒れていく魔獣の姿が見えた。


(何が起きたのですか?)


 それは空から降り注ぐ石の礫だった。


 それからの出来事は彼女にとって奇跡だった。


 空を飛ぶ黒い髪の幼い子供。放たれる高速の礫、光の矢、そして大型の魔獣を斬り伏せた魔法の剣。


(……あの子供は)


 それは有り得ない事だった。飛翔魔法一つとっても高位の宮廷魔術師が使える魔法。幼い子供が使える様な魔法ではない。


 黒い髪の子供が草原に降りてきた。


(先ずは我が子を守ってくれたお礼を)


 彼女は草原に降りた子供に話しかけようと馬車を降りた。


「坊や、少しお話よろしいかしら」


 彼女が声をかけた瞬間、その子供は嘘の様に消えてしまった。近くの騎士達も突然の事に動揺していた。


(精霊神アスナシア様、我が子を助けて頂きありがとうございました)


 本来であれば黒髪の子供に言うべき言葉を、彼女は神に託す事しか出来なかった。


「……感謝致します」


 彼女は空を見上げ祈るように黒髪の子供に感謝を伝えた。


「エリザベート様、ここはまだ危険です。馬車にお乗り下さい」


 彼女は兵士に急かされ馬車に戻る。


 そして馬車は草原を走り去った。

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