第2話



 もしも落馬したら、泣いてないですぐに乗らないと怖くて二度と乗れなくなってしまう……。

 これは馬の話なんかじゃない。恋愛の話だ。

 失恋したらすぐに次を始めないと、臆病になって恋に躊躇ちゅうちょしだすと聞いた。

 本当なの? 私は今、ぼんやりと推しの動画配信を視聴している。


 今夜、小泉パズルはメン限の雑談配信をしていた。

 サムネのタイトルは『夢』。

 メンバー限定の雑談では、いつも彼はのびのびと気楽に胸の内を語ってくれる。私たちリスナーにリアルタイムで本音や悩みをぶつけてくれるのだ。

 それはバーチャルな彼の存在を身近に感じさせてくれ、パズルを無条件で支える肯定派たちとの信頼関係の場所だった。


 実をいうと少し前、パズルは事務所のオーディションを受けていた。

 大手の企業所属が彼の夢だという話は以前にもしていて、その時はメンタルも強気だったのに。

 いつだって夢に手を伸ばすのは夢追い人のさがだが、さすが大手となると狭き門。パズルもあっさりと落ちてしまった。

「俺さ、もうダメかもしんない。今みたいに配信だけじゃ生活が不安だし、リスナーのみんなに俺だけを見てろよ……なんて恥ずかしくて言えねえわ」



【なんだ、珍しいな落ち込んでんのかパズル。俺らがいること忘れたか】

【こいパズ、なんかあった?】

【パズル、ウチが養うから結婚しよ】



「いやマジな話、ライバー界隈って才能ある人たちがガチでいっぱいいるんだよなー。ゲーム上手いのにトークもめちゃくちゃおもろいとか、歌上げれば秒でバズるとか。そういうバケモンみたいな人たちに比べたら、俺なんか才能もなくて底辺中の底辺なわけよ。頑張っても正直もう無理かなって思うときがある。出来れば事務所に入るか、なんとかして登録者数をもっと伸ばせればいいんだけど……なかなかムズいぜ笑」



【バケモンやめろww】

【パズルにはホラゲがあるじゃん!もっと配信して】

【こいパズの歌、大好き♡】



「みんなありがと。俺も最初はホラゲーが自分の武器かなって思ってたし、リスナーたちも楽しんでくれてるって自負があったんだけど。最近……怖さに耐性がついたのかな。自分的に感情が薄まってきてて、前みたいに本気になれない自分がいてさ。リアクションが嘘っぽくなるっていうか……みんなに飽きられたらどうしようとかマジで考える。なんか違う意味でホラーが怖くなってきた……実はいろいろ焦ってるんだ」 



 感情は人が思ってるよりマイクに乗る。リアクションは純粋さが命で、演技された途端にきょうざめするもの。

 それを小泉パズルオタクであるリスナーたちが気づかないはずもなく、本人が戦々恐々してるのも仕方がなかった。

 私は、弱音を打ち明けてくれるパズルがたまらなく可愛いと思ってしまう域に達したオタクなので胸がキュンとする。

 

【パズルくん、これからもずっと応援してます】


 恋人気取りで迷惑なガチこいぜいと思われないように用心しながらコメントを入力した。

 V事務所なども注意喚起しているが、ライバーを困らせるガチ恋リスナーにだけはなりたくない。

 ただ文章センスのない私は、熱量の方向を間違うと途端にキモいオタクになってしまう。それはよろしくない。

 何度か入力しては消し、結局このシンプルなコメントを送信してから私はベッドへもぐりこんだ。





 数日後、失恋の傷を癒すためにの利用を思いついたのは我ながら頭が良かった。

 それにしてもこんな手軽に人間が借りられるなんて……素敵な時代だ。

 マッチングアプリや婚活サイトに登録するほどの気力はまだない。

 ホストに手を出すにはお金も度胸もなかった。そもそもお酒が飲めないし。


 五年間育んだ恋が終わって独りになったことから、私はなかなか立ち直れないでいた。

 二.五次元の推しは崩れそうな私を何度も支えてくれたが、バーチャルとリアルの狭間にはさすがに深い河が流れてる。

 言いようのないつらい闇夜が、傷ついた心に今日も覆いかぶさってくる。

 三次元の奴なら偽装でも何でもいい! まとわりついて離れない失恋の地獄から、一刻も早く連れ出してほしかった。



 ──彼女、彼氏、友人、家族……お貸しします。

   恋人として、デートで行える接触は手をつなぐところまで。

   一時間単位の契約で料金は前払い。

   食事代などイベントでかかる費用はお客様の全額負担でお願いします。



 レンタル人材サービスというシステムは、精神や物理的に欠如した部分を時間単位で人間が満たしてくれるというもの。

 今の私にはちょうどいいと思う。

 私は新しい恋がしたいのではなく、終わった恋の空虚感を埋めたいだけだから。傷が癒えるまでの間、暗い感情に振り回されず穏やかに時間稼ぎがしたいだけ。


 料金は食事代などを入れると意外とかかるため依存は絶対にしないと自分に言い聞かせる。

 私はパソコンの画像とにらめっこして、最終的に明るい笑顔が印象的な二五歳の彼氏をレンタルした。

 




 待ち合わせ当日の天気予報は、曇りのち晴れ。

 場所はショッピングモール内にあるカフェだ。知らない男の人と会うのに人通りの少ないところは避けたかった。

 緊張もあり、少し早めに着いた私は再度プロフィールを確認した。



 名前は杉丘すぎおかあおい。二五歳。

 趣味は音楽鑑賞。

 好きな動物は犬、猫、ハムスター。


(あなたへのメッセージ)

 レンタル彼氏として、デビューしたばかりです。

 新人ならではのフレッシュで楽しいデートを約束します。

  

  

 レンタル彼氏として私が発注したのは、お買い物デートの二時間コースだった。

 来週に控えた真美への結婚のプレゼントを一緒に選んでもらいたい。

 ひとりぼっちで買いに行くのは惨めでどうしても気が引ける。やるせない気持ちで買ったプレゼントなんて真美にも申し訳なかった。

 今日はいろいろ考えないで、幸せな気持ちで一日を過ごしたいと思う。



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