正しい彼氏の推し方

片瀬智子

第1話


真美まみちゃん、あたし……フラれちゃった。最悪もう無理」

 深夜一時、泣きはらし、くぐもった涙声で女友達に電話を掛ける。真美とは、彼と付き合い始めた五年前から仲良くしてる親友。

 当時、真美にも恋人が出来たばかりで境遇が同じだったため急速に親交が深まった。


 それからは初めてのクリスマスやバレンタイン、旅行のお土産話、彼とケンカした雨の夜……いつも、報告し合ったり相談に乗ってくれたりした仲だった。

 そしてゴールはふたりとも結婚報告だったはず。

 今年私たちは二八歳、一緒に幸せな結婚報告ができればいいねって笑いながら話していたのに。


 それなのに「お前との結婚みらいが見えない……」なんて、突然一方的な言葉を突きつけられて私は恋人にフラれてしまった。

 噓でしょ。

 お願い、「バカだな嘘だよ」とか言ってこの沈黙を破ってほしい。


 二十代の五年間は女にとって花の盛りだ。

 喪失感で心が凍る。徐々に他の臓器も冷たく蝕まれて凍えてしまう。

 どうしたらいいかわからない。朝目覚めて、夢じゃなかったと絶望する毎日だ。夢なら本当に良かったのに……。

 恋人時代の大事な五年間を勝手に終わらせて、最後まで彼は煮え切らないあやふやな態度で私を見送った。





萌絵もえちゃん……すごく言いにくいんだけど」

 そんなクッション言葉で始まる良い話を私は知らない。

「すごく言いにくいんだけど、今年は米が豊作で!」とか「すごく言いにくいんだけど、推しのビジュが最高で!」なんて言わない。


 久しぶりの真美からの電話に私は身構えた。

 なにせ最近不幸続きだ。これ以上ひどい傷を負いたくないし、今は自分の心を立て直すのに精いっぱいだった。


「どうしたの? 何かあった?」

「うん……今、ちょっと話できる? 実は……タイミング的にすごく言いにくいんだけど」

 じゃあやめてね、なんて言えないから私は黙ってしまう。優しい真美はとても言いづらそうにして息を吐いた。


「誰よりも先に、萌絵ちゃんに報告したくて……」

 電話でよかったと心から思った。さすがに察した私は、きっとどんな顔でお祝いを言えばいいか戸惑っただろうから。

「彼にプロポーズされたの。私、結婚することになった」


「おめでとう」

 一拍遅れて私は言った。真美ちゃんおめでとう。おめでとう。

 耳元で自分の声が木霊こだまする。

 幸せのタイミングは人それぞれで、引き寄せる糸はもつれてる。私が引いた糸は途中で切れてしまったのかもしれない。


 電話を切って一時いっとき、私は声に出して泣いた。

 まるで心を整えるのに必要な儀式のようだ。

 真美は私の元彼に対し、自分のことのように怒って「萌絵ちゃんが許しても私が許さないからね」と言ってくれた。

 少しだけ救われた気分になる。女は女の敵を許さないから。


 私は自力で失恋の闇から這い出て、正気を保って、また立ち上がるための強さを必死で探る。

 自分自身が備えている強さを引っ張り出して、装備しなければ仕事にも行けない。それが偽物の強さだったとしても。


 失恋は新しい恋愛でしか癒せないと聞いた。

 本当にそうなのだろうか。

 私は充電器に挿したままのスマホを取る。手慣れた操作で動画サイトからお気に入りを探して再生する。いつだって元気をくれる動画配信(これはアーカイブ)がそこにあった。

「パズル……たすけてよ」



 スマホの中、二.五次元の姿で微笑む彼は小泉こいずみパズル。永遠の二三歳。

 中性的な容姿ビジュにブロンズ色の瞳、ターコイズブルーの髪の毛。

 無邪気な笑顔と唯一無二なイケボがチャームポイント。少年っぽい素直さが見え隠れするところが特に好き。

 バーチャルな世界で生きてる動画配信者だ。


 小泉パズルという名前は『怪談』の作者で有名な小泉こいずみ八雲やくもと、子どもの頃パズルゲームが好きだったことが由来だった。

 なぜ小泉八雲? それはまた後ほど。

 一年半前に偶然、彼の歌動画を見つけてそのままあっさりと私は沼落ちした。(チョロすぎて頭を抱える)

 まだ新参者だが、それ以来ずっと最推しのVチューバーだ。


 彼は事務所には属してない、いわゆる個人勢と呼ばれる生配信者ライバー

 しかも知名度はまだまだ。動画チャンネル登録者数だって一万人に満たない。

 様々な案件仕事依頼事務所などのイベントで活躍するためにはステップアップしたいところ。大手企業所属が彼の夢だった。


 普段格闘系やFPS(一人称視点のシューティングゲーム)のゲーム配信を好んで行なうが、その中でも小泉パズルの名を広めた得意ジャンルがある。それがホラーゲーム。

 もともと自然体でフレンドリーな雑談に定評があって登録者数も増えていった。それにもまして人気だったのがホラゲー配信だ。

 彼の持論では霊と電子機器は影響し合うから、ホラーと配信は相性がいいらしい。電波に霊の声が入りやすいとは聞いたことあるけど。


 和製ホラーゲームを広めたいというのが彼の信念なので手を抜かなかった。

 ゲーム内では陰湿な幽霊に動じず、呪われた怪物相手にも喰らい付いて無双する。

 どんな恐怖より最強なのは主人公パズルという頼りがいのあるカタルシス。和ホラーに対する本気の姿勢が小泉八雲から名前を頂いた所以でもあった。


 ホラゲー配信でよくある怯えた悲鳴系ではなく、ストーリーに応じて喜怒哀楽を表現する攻めたリアクションも天才的におもしろかった。

 しかし私自身は、Vチューバーにハマるなんて青天の霹靂へきれきでしかなかったのだ。リスナーの層は学生がほとんどで、なんなら治安の悪い界隈かいわいとさえ思っていたのに……。


 私が思うにたぶん、顔出ししてる芸能人や配信者よりもバーチャルな仮面を被ってる分本音で語って活動している。プロ意識を貫くゲーム配信や歌の向き合い方には尊敬すら覚える。

 頭の回転が速いライバーたちの掛け合いや即興コントも癖になった。

 エンターテイメントを土壌にして、どんどん進化していくコンテンツ。スマホに手を伸ばすだけでワクワクや元気のもとをリアルタイムで享受できた。


 脳に直接届く、新感覚スイーツみたいだ。

 尊い推しから得られる栄養はずっと味がする。

 ただ、だからといって失恋で壊れそうな心がバーチャルですぐさま癒えるとは思っていない。配信が終わると我に返り、私は現実を知る。

 元彼を忘れるための耐えがたい時間がつら過ぎて、強制的なリハビリが必要だと思い始めていた。

 

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