第8話 ホテル③
「じゃあどうして認めないの?」
「何を?」
「私のこと、一人の女として好きだってこと」
そんなこと認められるわけないだろう。
キミエとの関係が崩壊することなど。
しかしなぜそんなことを聞くのだ?
今日に限って、ホテルで二人きりの時に。
二人旅の最中で、あんたは兄貴の婚約者だってのに。
「キミエのことはそう言う意味では好きじゃない」
「それも嘘なんだ」
「どう取ってもらってもいいよ」
彼女とのやり取りに疲れた私は、彼女に背を向けるように寝返りを打つ。
そんな時、ナイトテーブルに置いていたスマホが鳴った。
手に取ろうと腕を伸ばした時、キミエが覆い被さるようにして、スマホを奪い取る。
「ちょっと、何すんの? 返してよ」
私は慌てて起き上がり、キミエの方へ手をのばした。
しかし彼女はベッドから出て、私から距離を取ってしまう。
ったく! 一体キミエは何を考えているんだ、何から何まで理解できない。
このホテルの一室のことだけではない。
この旅自体がそもそも意味不明だった。
兄貴と付き合うようになって、私とは連絡する頻度も会う頻度も減り、婚約してからはゼロになったというのに。
ある日突然、
「旅行に行こう」
と連絡がきたかと思えば、旅先は以前兄貴とキミエが行った場所で。
明らかに何かがおかしいとは思いながらも、彼女との旅行を私が断れることもなく。
結局こうして二人きりの旅行に来てしまった。
そして、キミエの事情を聞こうにも私はタイミングをつかむのが下手らしく。遠回しに兄貴とキミエの間に何があったか探ろうとして、兄貴のことを話題にしてみたけれど。
わかった事と言えば、兄貴のことを名前で呼びたくなさそうってことと、どこか兄貴をバカにしてる感じがするってこと。
でも結局は、その理由が何なのかはわからなくて。かと言って直接聞きだす勇気もなく。代わりに兄貴に聞いた。
「本当に最低!」
という言葉と共にスマホが飛んでくる。
画面には兄貴からのメッセージが表示されていた。
『俺たちの間に何かあったかって? あるわけないだろう? 結婚に不安なのかもな、アキラからも説得しておいてよ』
というメッセージが。
しかしキミエの様子からして、この兄貴の言葉は嘘だということがわかる。
私はスマホを脇に置いて、キミエへと視線を移す。
肩で息をするキミエ。その目は鋭い、原因はもちろん私ではない。
だって私はそんな原因にさえなれない存在だから。
大変残念だけど。
二人旅、二人きりの時間。
本当はこの旅を最後まで何事もなく終えたかったのだけれど。
彼女が純粋に私と旅行に行きたかったのだと、自分を騙しきりたかったけれど。
ここらへんが潮時だろう。
そろそろ現実に帰る時間だ。
「キミエそろそろ教えてくれるよね。この旅の目的を」
私はボックスからタバコを取り出しながら言った。
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