第7話 ホテル②
「マリッジブルーとかそういうやつ?」
キミエがシャワーを済ませた後、私もシャワーを済ませ、ベッドの上で二人寝転びテレビを見ているときに、私は思いきってそう言葉にしてみた。
するとキミエは「ハッ」と吐いた後、
「何を言い出したかと思えば」
と声高らかに笑い始めた。
全く人が心配してやってんのに。
どうやら私はよっぽど変なことを言ったようだ。
「マリッジブルーね。違うよ、全然そう言うのじゃないから」
「そっかならいいんだけど。結婚辞めるとか言い出したらどうしようかと思った」
もしそうなれば、両親が大騒ぎで、兄貴が大パニックで大変なことになっていただろう。
私がキミエのことを兄貴に紹介した手前、なんとなく責任を感じてしまうし。
「それってどういう意味?」
とキミエが起き上がる。
「いや、キミエと兄貴が知り合ったきっかけって私じゃない? だから、なんか責任感じるなって話」
兄貴とキミエが知り合ったのは私が大学生の頃。
キミエが実家済みの私のところに遊びに来た時、兄貴もたまたま家に帰ってきていたのだ。
その時はろくな挨拶も買わさなかった二人だったが、キミエが帰った後、兄貴は紹介してくれって、うるさくて。それをキミエに話したら、彼女も彼女でまんざらでもなさそうで……。
なんとなくむかついたことを覚えている。
半ばやけくそで二人がそのつもりならと兄貴をキミエに紹介したら二人は付き合い始めるし、まさかの婚約もして、結婚まで秒読みの状態なのである。
はあ、もうやってらんない。と思うこともしばしば。
かと言って割り切れるものでもなく、未だ未練たらたらの恋心を引きずって旅行に付き合ってるし。
やっぱ人間、感情で動くもんじゃないな。
兄貴にキミエを紹介するんじゃなかった。
まあ、いまさら後悔しても大変遅いわけですが。
「てっきり、私たちが別れたらアキラは喜ぶんだと思った」
「兄貴の不幸を喜べって?」
「どうして私が振る側なのよ」
だって兄貴からキミエに別れを切り出すとか考えられないし。
私と兄貴が会えば、その場にキミエがいようがいまいが、彼女の話題ばかり。
もうぞっこんという言葉これ以上ないくらい似合っている。
それに対し、最近のキミエはどこか冷めていて。
兄貴のことを本当に好きなのかと疑いたくなる。
この旅行中だってそうだ。
兄貴のことを話題に出してほしくないようだし……。
喧嘩でもしたかと思ったけれど、どうもしっくりこないというか。私はシャワーを浴びる前に素早く兄貴にメッセージを送っておいた。因みに返事はまだ。
「兄貴はキミエのこと大好きだよ」
だから不幸にするなよな。
「アキラは?」
「ん?」
「アキラは私のこと好き?」
キミエが身体をこちらに向けそんなことを言う。
「好きだよ。幸せになって欲しいって心から思ってる」
と嘘ではない言葉を並べておく。
「私が幸せにするとは思わなかったわけ?」
こいつ……。
「……思わないよ。それは私の役目じゃないもん」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「いいえ嘘。今日だって私のこと物欲しそうな目で見てたくせに」
「何言ってんの?」
「私がソフトクリームを舐めてたとき、美術館で手を掴んだとき、すごい顔してたんだから」
はあ、全部バレてるってか。
「……とんだ勘違いだね」
それでも私は諦めの悪い人間のように、ごまかそうとする。ここで、ホテルで二人きりの時に認めてなるものか。
「アキラもそうやって私のことをバカにするんだ」
アキラも……という言い方が気になるが、それを問いただす余裕は今の私にはなかった。
「バカにしてないよ」
バカになんかしない。あんたのことだけは絶対に。
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