第9話 きっと旅は続く
「ごめんなさい」
最初にキミエが言った言葉がそれだった。
私は取り出したタバコをボックスに戻す。
彼女が嫌がる顔を一目見てやろうと思ったのにな。
あろうことか、ベッドに正座して頭を下げてきた。
本気の謝罪ということだろう。
ただ。
「何に対して謝ってんの?」
「全部」
その答えでは全くわからないのだけれど。
「もっと具体的に言ってくれてもいいんじゃない?」
そう感情を抑えた声で言うと、キミエはうつむき、黙りこくってしまった。
私は彼女が再び口を開くのを待つ。
「スマホを奪って投げ返したこととか、変なこと聞いたり言ったりしてごめんなさい」
「どうして聞いてきたの? 私がキミエのこと一人の女として好きか、なんて」
「……それは」
「いいよ、どんな理由でも怒らないからさ」
どうせどんな理由でも、自分がガッカリして終わりなんだし。
「自信がなくなったの」
「……は?」
「自分に、女としても自信がなくなったのよ……」
と言うと彼女は涙をこぼし始めた。
待って、さすがにその理由とこの展開は想定外というか。
「アキラ、私知ってた……。ずっと知ってた」
「な、なにを?」
「アキラが私のこと好きなこと。今日まで変わらず好きでいてくれたこと」
彼女が泣きながらそう言葉にしたのに対し、私は思わずため息をついてしまう。
彼女に対してではなく、自分に対して。
「私ってそんなにわかりやすかった?」
というか、私のこの感情が万が一兄貴にバレていたらどうしよう。流石にまずい、よね。
「わかりやすいっていうか。私もアキラのことよく見てたから気がついたんだと思う。アキラは私の唯一無二の親友だから」
「……そっか」
「ごめんね? 想いにこたえられなくて」
「やめてよ。自分が惨めに思えてくるから」
友人に恋をして、その友人と自分の兄が付き合い始めてもその感情を捨てられず、二人が婚約してもずるずると引きずり続けた自分に対する惨めさ、そして気持ち悪さがどっと溢れてくる。
「全然惨めじゃないよ」
キミエが私の隣に寄り、私の肩を抱く。
「私ね……、できるならアキラの想いにこたえたかったの」
「キミエ……」
「でもどうしてもだめだった。アキラと同じ気持ちにはなれなかったの」
「……うん」
ずっと好きだった相手自分の想いがバレていて、自ら告白していないのに振られてしまった。
キミエは惨めじゃないと言ってくれたけど、今の私はここから消えてしまいたいという気持ちでいっぱいだ。
「選べたらよかったのにね」
というキミエの言葉に対して、私は、
「何を?」
と返す。
「好きになる相手とか、性別とか」
「ああ……」
まさかそんな言葉をキミエの口から聞くことになるなんてな……。
「でもいいじゃない、キミエには兄貴が――」
「浮気されてたの」
私は思わず顔を上げ、キミエのほうをみる。
その表情は、怒っているのでもなく、悲しんでいるのでもなく、ただただ寂しそうだった。
「……ごめん」
「アキラが謝ることじゃないでしょう」
それはわかっているが、まさか兄貴が浮気とは……。
「相手は?」
私の知っている人だろうか。
「上司」
兄貴の上司ってこと?
絵に対する観察眼と営業力の関係について唱えていた上司。というか兄貴の上司って女の人だったんだ。
「アキラ、信じてくれるんだ」
「当たり前だよ。キミエはそういう類の嘘をつく人間じゃないから」
「……ありがとう」
とキミエが私の肩に頭をのせる。
「兄貴は浮気を認めたの?」
「うん、そもそも発覚の理由が向こうのメッセージ誤爆だし」
「そっか」
「もう二度としないから、チャンスをくれって言われたの」
「それで?」
「私は……、もう別れたいと思ってる。浮気性って治らないって聞いたことあるし。でもうちの両親は反対していて」
「私はキミエがしたいようにしたらいいと思う。何か協力できることがあったら言って。私はキミエの味方だから」
「……うん、ありがとう」
というか、兄貴こそチャンスをくれってなんだよ。こっちとしては一発殴りたい気分だぞ、全く。
「この旅行はね。あの人に対する復讐なの」
「復讐?」
「うん、思い出を全部塗り替えてやった。浮気男との最低な旅行を、親友との最高な旅行へと」
とキミエは天井を見上げながら言う。
「この旅行楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。海も十分に眺められたし、行きたかったレストランにも行けたし。私ねあんまり魚って好きじゃないの」
「そっか。でも復讐って言っても自分も辛くない? 前の旅行のこと思い出しちゃうだろうし」
「でもそれは今回だけだから。でもこうやってアキラと来たからには、今後テレビとかでこの街を見ても、あの人を思い出すことはない」
「ふーん」
そういうものなのだろうか……。私には今ひとつわからなかった。
まあ、キミエがいいならいいんだけれど。
しばらく二人して、天井を眺める。
「アキラ?」
「うん……」
「好きだよ」
私も好き。
そう声には出さずに心の中で思う。
同じ言葉。意味は違う。
でも時折重なり合おうことはあって。
それを感じる度に、やっぱり私はキミエの隣にいたいと思う。
自分の想いは叶わない。それはもういい。
自分では彼女の望む幸せをあげられない。
でも彼女が幸せをつかむ手伝いはできると思うから。
だから……。
二人旅が終わることはない。
今はまだ。
キミエ 隅々 @sumizumizumi
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