第6話 ホテル①

 食事を楽しみ、野外ステージを楽しんだ私たちはホテルへと戻って来た。

 高い天井からはシャンデリアがつり下がり、床はピカピカに磨かれた静かなロビーを通って、部屋に向かおうとしたときだった。


「あらあなた、この間の」


 と全身を高級ブランドで固めた女性がキミエに声を掛けてきたのである。

 キミエは一瞬ではあるがあからさまに面倒くさいという顔をした後、表情をやわらげ、


「またお会いしましたね」


 と微笑む。


「えっとそちらの方は?」


 と女性が少し怪訝な顔でこちらを見てきた。

 頭のてっぺんからつま先まで観察されている気がする。こちらをじっくり見た後も女性の表情は変わらない。

 なんなんだ、この人は?

 とこちらも怪訝な顔をしかけたとき、


「私の友人、婚約者の妹なんです」


 とキミエが女性に向かって言った。

 すると女性の顔がパッと明るくなり、口に手を当てながら、


「あらあら」


 と再び私の頭からつま先までをじっくりと観察してきた。




「あの人、知り合い?」


 部屋に戻り、テレビの電源を点け、洗面所にいるキミエに尋ねる。


「前に泊まったとき、モーニングビュッフェで一緒になったの。私たちのこと根掘り葉掘り聞きだそうとして、ものすごく嫌だった」


――私たち。


私が含まれていない「私たち」に少し寂しさを覚える。何を今さらって感じだけど。


「それともう一つ。どうしてダブルベッドなわけ?」


夕方ホテルの部屋に入り、最初に思ったことそれだった。おいおいここに泊まるのかと。


「間違えちゃったのよ、こういうの慣れてないから。何か問題でも?」

「いや、ないけど」


 と私はとっさに嘘をつく。

 本当は問題大ありだ。正直こちらの身が持つかどうか。


「アキラ。私、先にシャワー浴びるからね」

「どーぞ」


 つくづくキミエにもてあそばれていると思う。

 今回の旅行だって二つ返事で了承してしまったし。

 今は少し後悔しているけれど。


 キミエは婚約したての頃に兄貴と行った場所に私と行きたいと言い出したのだ。

 理由は、素晴らしい街を私にも紹介したいとのことだったが。

 まさか、それがキミエと兄貴が訪れた場所をまるでなぞるように順番まで同じにして訪れることだとは思わなかった。


 例外は夜のレストランだけ。まあ、二人が行った高級レストランはもうないのだから、キミエも仕方なかったのかもしれないけれど。


 それにしてもわからない。

 二人の旅行をなぞる以上、兄貴に話題は避けようがないのに、私が話題に出すことをキミエは快く思っていない。

 兄貴のことも名前で呼ばずにあの人とか読んでいるし。


……喧嘩でもしたのかな。


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