第4話 美術館②

「キミエも良く気がついたね」


 てっきり、彼女はこういった芸術には興味が無いと思っていた。ずっと前に、一生に風景画を見に行った時なんか、


「写真でいいじゃない。どうしてわざわざ絵にするの?」


 とか言ってたし。


「そりゃ。三十分以上も眺めていたら気がつくっていうか」


 三十分?

 と私は腕時計を確認する。

 入館してからまだ十五分ほどしか経ってないけど……。


「この画家ね、あの人の上司のお気に入りらしくて。言われたんだって。『あなたも一流の営業マンになりたければ、この二枚の絵くらい理解できないとね』って」


 ……そういうことか。

 つまり兄貴は三十分もこの絵の前で立ち止まり、キミエはそれに付き合わされたということだ。


「それで兄貴は、この二枚の絵を理解できたの?」

「……それ聞くの?」


 とキミエの眉間にシワが寄る。

 話題に出したのはそっちのクセに。いやアイスの時からカウントするのなら私ってことになるのかな。


「まあ、アキラが気になるのなら言ってもいいけれど。あの人は、これは空を描いたものだって言った。朝焼けの空と夕焼けの空を拡大してしまえば同じということを表している絵なんだろうって」


 兄貴は色の違いに気が付けなかったらしい。


「色が違うって教えなかったの?」

「私が言った所で信じないよ。それと、この解釈は間違ってもいないけれど、当たってもいない」


 色の違いを見抜けなかったにもかかわらず、解釈は間違ってないんだ。でも当たってもないってどいうことなんだろう?


「ちなみにあの人の上司の解釈も当たってない。あれは太陽描いたものっていうね」


 とどうでもいいといった様子でキミエが言った。


「はあ」

 

 どうして上司の解釈まで知っているのか。それはもちろん兄貴がキミエに話したからだろうけれど。


「この絵はね、朝焼けと夕焼けを、意識させるために描いたものなんだって」

「この二枚の絵を意識させるために描いた、ってこと?」


 全く意味が分からないのだけれど。


「あー、違う違う。ごめん、わかりづらいよね。私が言ったのは絵のほうじゃなくて、本物の朝焼けのと夕焼けのほう」


 景色のほうってことね。


「でもそれってどういうこと?」


 景色を意識させるためって言われても、全くわからないんだけれど。

 私が首をひねっていると、キミエはアゴに人差し指を当てながら口を開く。


「この絵を描いた画家、アククサンダニウスは……」


 アレクサンダー・ティラニウス・ルサンチマンね。


「……この街から眺める朝焼けと夕焼けが大好きなんだって」

「それで?」

「当初は町から見える景色をそのまま描こうとしたんだけど、やめた、なぜなら――」

「本物ほうがきれいだから」

「……よくわかったね」


 とキミエが目を丸くする。

 うん、だってその感覚はなんとなくわかるから。

 いくら本物を写して描いてみたって、本物の美しさには到底叶わないってことを。


「この美術館に展示されている風景画は全て外国で描かれたもの。直接見ることが叶わない人に美しさを伝えたかったんだって。でも地元の風景は違う。ここの入館者たちは自分たちの目でみることができる。だから、わざわざ、他とは違う、印象に残りやすい絵を描いた。入館者たちに朝焼けと夕焼けを意識してもらうために」

「つまり……、なんだこの絵は、と思わせて、わざと立ち止まらせるわけだ?」

「そして、街がオレンジ色に染まった頃に、絵が頭の中に思い浮かぶ。ふと遠くを眺めれば、本物の夕焼け、もしくは、朝焼けと出会うってわけ」


 まさか、この二枚の絵がそんな意図のもと、描かれていたとは……。


「待ってよ、でもどうしてキミエはそんなこと知ってるの?」

「この街の図書館に、その画家のインタビュー記事が載った地元紙が置いてあったのよ」

「わざわざ図書館に行ったんだ」

「だって二人の解釈が当たってるか気になったんだもの。地元の図書館なら、その画家に関する本の一冊や二冊くらいあるだろうと踏んだわけ。ただ、インタビュー記事の最後にはこうもかいてあった。『僕の絵を見て何を考えるかは、見た人の自由です、そこに間違いはありません』って」


 なるほど、それで間違っていないけど当たってないと彼女は言ったのか。


「なら、しっかりとこの街の夕焼けを目に焼き付けないとね?」

「あら、朝焼けのほうは?」

「……起きれる自信がない」

「アキラ、朝苦手だもんね」


 とキミエは静かに笑った。

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