第3話 美術館①

 少し体が冷えたので、二人でしばし、街の中を当てもなく歩く。


「そういえば、次はどこへ行くの?」


 と私は横を歩くキミエに聞いた。

 今回の旅についてはキミエに一任していたからだ。

 彼女がそうしたいと言ったから。


「うーん」


 私の言葉に立ち止まって、腕を組み、少し思案したのち、キミエはカバンに手を突っ込み、何かを探し始めた。

 数分後、カバンから出てきたのは、四つにおられた紙である。彼女が開くと、そこには旅程が書かれているようだった。


「今日の予定、覚えてなかったの?」


 と私は横から紙を覗き込む。

 なるほど、次は美術館か。


「だって私は計画なんて一個も立てなかったもの」

「そうだったの?」


 旅の楽しみの一つに、行く人みんなで行きたい場所を考えるというのがあると思ってたんだけどなぁ。


「……それって行きたい場所には行けたわけ?」


 と聞くと、キミエは首を横に振る。

 うーん、不可思議。

 じゃあこの旅に一体何の意味が……?

 てっきりキミエが行って楽しかった場所を私に共有してくれるものだと思っていたのに。

 じゃなきゃ、最初にキミエからこの旅を提案された時点で断っている。


「別にいいの。そもそも興味が無かったから」


 私は首をひねりたくなるのをぐっとこらえた。

 うーむ、ますますわからない。

 直接聞いてみてもいいが、なんとなく今の空気を壊してしまいそうで聞けなかった。


 今ではない、そう感じる。

 今はただ、彼女に付き合え、と直感が告げている。


 適度な散歩を終えた私たちは、キミエが紙に書いていた通りに街の小さな美術館 に向かった。

 どうやら、この街出身のとある画家の絵が展示されている美術館らしい。そもそも子美術館を建てたのが画家自身だとか。

 確か名前は……と、入館時にもらった三つ折りのパンフレットを開く。

「アレクサンダー・ティラニウス・ルサンチマン」というらしい。

 一度も聞いたことがない画家の名前だが、一体どんな鬱々とした絵を描くのだろう。

 という私の予想は見事に外れた。

 なぜなら展示されているのは青々としたもしくは緑々とした風景画ばかりだったからだ。

 川のほとり、山脈、星空などなど。

 一目見て、ああ綺麗だなというごくシンプルな感想が漏れる作品が多く展示されている。

 名前のインパクトから、身構えてしまったが、絵は……こういう表現が正しいのかはわからないけれど、普通だった。


 絵画とタイトル、描かれた場所を見ながらメインホールと思わしき空間へと向かう。

 ホールには絵画が二枚だけ飾られていた。ずいぶんと部屋をぜいたくに使うものだ。


「ん?」


 と私は思わず声に出す。

 キャンヴァスは二枚ともオレンジ色で一色で塗られていた。

右側の絵のタイトルが「朝焼け」、左側が「夕焼け」となっている。

しかし二枚とも瓜二つ、同じ絵のように見える。手で描いてるのだから全く同じではないのだろうけれど。


「……アキラもこの絵の前で立ち止まるのね」


 という横に立つキミエの言葉に私は眉を寄せそうになる。


「考察でもする?」

「考察? この絵を? まさか、私はそんな面倒なことはしないよ。ただ全く同じ絵なのに、どうしてタイトルは違うのかなって思って」


 と私は二枚の絵を交互に指さす。


「タイトルが違う、ってことは絵自体も同じじゃないんじゃない?」

「えぇ……」

「ほら、もっと近くで見て見なよ」


 とキミエは私の左手を引く。私は繋がれた二つの手を凝視する。


「ね、よーく見てみて」


 キミエに言われ、許される限り、「朝焼け」に近づき、目を細めたり開いたりして、じっくりと観察してみる。そして「夕焼け」も土曜に観察する。

すると、オレンジの色味がそれぞれ若干異なることに気がついた。あと、筆の運び方も。

「朝焼け」の方はなんだか角ばった感じがするが、「夕焼け」の方は丸かった。


「本当だ……。よく見ると違う」


 と呟いてから、キミエの方を見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。


「アキラなら気がつけると思ったよ」


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