第2話 アイスクリームショップ
「正直、海は嫌いなんだと思ってた」
心行くまで海を眺めた彼女と共に、私は街まで戻り、古びたアイスクリームパーラーに来ていた。
白いタイルに時折パステルな色とりどりのタイルが敷かれた床を眼の端に移しながら、思っていたことを呟く。
「また何でそんなこと思ったのよ」
と言ってから、彼女は白いソフトクリームのてっぺんを舌ですくい取る。それから熱で溶けた部分を起点に徐々に食べる範囲を広げていく。私はソフトクリームを食べる彼女の様子を見ながら、正確には彼女の舌の動きを眼で追いながら、カップに入ったストロベリーアイスをプラスチックスプーンですくって食べた。
「なんでって」
私は一瞬ためらう。
「……兄貴から聞いたから。『せっかく一緒に海で泳ごうと思ったのに、キミエはパラソルの下から一歩も動こうとしなかった』って」
「ああ……そういうこと。あの人、色の白い女の子が好きなのよ」
とキミエは目を伏せながら言った。
そんな彼女の長いまつげを太陽の光がくすんだ窓を通して照らしている。
「人の兄貴を『あの人』呼ばわりとはね」
「そう言う割には、口の端が上がっているけれど」
「まあ、私、個人としては面白いかなって思ってる」
決して、兄貴のことをうらやんでいるからではない。決して。
「じゃあ、アキラのどの部分が私をたしなめたの?」
「兄貴の妹の部分かな」
一応、幸せになってほしいとは思っているから。
「ちょっとここで兄思いのいい妹を演じたりしないでよ」
おっと?
まさかそんなことを言われるとは思わなかったな……。
だけど。
「それはどうかな、私はキミエの婚約者の妹としてここにいるわけだし」
なんて心にもないことを言ってみる。
これはキミエに向けた言葉ではない。私自身に向けた言葉だ。
「つまらないこと言わないでよ」
「事実を言ったまでだよ?」
そう、まぎれもない事実。
キミエにとっての私は、友人からやがて兄貴の妹という認識になっていく。
きっとそうに違いない。
「それがつまらないって言ってるの」
と少しむっとした様子でキミエはソフトクリームを舐める。
「そういえば、あきらは何のアイスを頼んだの?」
と今さらな質問をしてくるキミエ。
「イチゴ」
「……イチゴ好きだったっけ? ショートケーキについてたイチゴ私にくれてたよね?」
それはイチゴ好きな人を喜ばせたかったから。私は特にイチゴが好きというわけでもない。
「なんとなく、バニラ味のソフトクリームに合うかなって」
「バニラソフトって私の頼んだやつじゃない」
「そう」
「合うのかな?」
「だってイチゴに練乳とかかけるでしょ?」
「練乳とバニラは違うでしょ」
「そっか」
まあ、どっちでもいいよ。合うかどうかなんてさ。
私は溶けきったアイスをスプーンですくい、一滴もこぼさぬよう、慎重に口へと運ぶ。
そんな私の様子をキミエがじっと見ている。
視線をスプーンに集中させていてもそのことだけはなんとなくわかった。
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