第二章

「カラオケ編」

第23話 鶴の一声

 御茶ノ水の文京区にある華山ホテルの庭園に、鯉のぼりがたゆたう季節のこと。

 こどもの日とも呼ばれる五月五日は、大型連休の真っただ中ということもあり、どこもかしこも人でごった返していた。


 逆に言えば、休みじゃない人にとっては、はた迷惑な話である。映画業界がこの時期をゴールデンウィークなどと名付けたのがそもそもの元凶であり、秋葉原電気街口駅前にあるカラオケボックス「ねこじゃらし」の店員さんも、ユスリカ(蚊柱を作るあれ)でも見るかのような眼差しを、僕たちに向けてきた。


 気持ちは分かる。柱は柱でも、忌み嫌われる柱だ。

 恋柱のように花の香りが漂うわけでもなし。高校生が大挙して押しかけ、わーきゃー騒いでいれば、眉間にしわを寄せたくもなるだろう。


《とりあえず、五人ずつで別れようぜ》

《なんか、なかむーが仕切りはじめたんだけど》

《なかむーって、そういうところあるよね》

《……いや、だって、ここで固まってたら店に迷惑だろ? なあ、小金》


 そりゃ、一刻も早くフロントからハケたほうがいい。

 僕も店員さんや中村と志を共にする朋輩ほうばいではあったものの、「一年生の親睦会」と聞かされている身としては、愛想笑いを優先させるほかなかった。


 中村よ。一度MCを名乗り出たからには、最後までやり通せ。


(くわばら、くわばら)


 できるだけ人いきれを避けるように、壁にもたれかかる。


「はぁ」


 もう帰っていいかな。いや、帰ったら帰ったで、後々なにを言われるか分かったもんじゃない――そんなことを考えながら、昨晩のLINEを読み返す。


〈明日、親睦会すっからマーくんも来てね☆(※集合場所と時間)〉

〈えぇ……家でごろごろしたいんだけど〉

〈あたしの生歌聴きたいっしょ?♡〉

〈興味ないや〉


 と返信しかけて、パブロフの犬を思い出した。わんちゃんだって学習する。過去の経験から学んだ教訓を胸に、ひとまず『既読無視』で有耶無耶にしようとした僕を、いったい誰が責められよう。


 ――が、深夜。スタンプ連打の末に届いた〈こ い よ〉という、もはや脅迫じみた追いLINE……及び、メッセージ越しに伝わってくるに、これはもう逃げ道がないと悟った僕は、水戸黄門の印籠を目の当たりにした悪代官のように、あっさりと観念した。


 いっそ神隠しにでも遭わないだろうか。ヒトカラに来たていで受付を済ましてしまおうか。団体行動ができない一匹狼でも気取ってみようか……etc.。

 わらわらと増えていく東雲生しののめせいたちを眺めながら、ひとり物思いに耽っていると、無駄に背の高いバスケ部のホープ(休部中)が話しかけてきた。


「よお、バカ。お前も来てたのか。小さすぎて見えなかったわ。はは」

「どうせおまえの目には香川さんしか映ってないんだろ? このボケ」


 井龍と僕は、にこりと笑い合う。

 互いの両手を組み合い、力を込めて押し合いながら。


「テメエ小金……既読ぐらいつけろや!」

「家で……ごろごろしたかったんだよ!」

「ああ、そうかよ……ならお前には絶対にヒラタを拝ませてやらねェ」

「……へっ、春にとれるヒラタなんて……どうせ、越冬した旧成虫だ」

「いいや、あの艶は新成虫だ……中村に聞いてみやがれ」

「僕は夏にしか……虫取りをしないって決めてるんだよ」

「ぶっころすぞ」

「おまえが死ね」


 こいつとはいっぺん決着ケリをつける必要があるらしい。


「つうかお前……そんな恰好で親睦会に来るか、ふつう?」

「ん? ああ」


 春らしいワッフルカーディガンをさらりと着こなす井龍とは対照的に、僕は上下黒のジャージ姿。

 ほとんど寝間着同然で、気分はさながら玄界灘の鰆漁さわらりょうに紛れ込んだアコヤガイである。


「まさしくそれが狙いだ」

「狙い?」

「人を見た目で判断するやつとは親睦を深めようと思わないタチでね」


 僕は肩をすくめる。


「井龍おまえ、リトマス試験紙って知ってるか?」

「そりゃな。お前より俺のほうが偏差値が5も高い」

「ふん。四捨五入すれば同じだ。その程度の違いでえばるな」

「でけェんだよ、5っつうのは! このバカが!」

「バカバカうるさいんだよ、このボケ! 小一から国語をやり直せ!」

「え? なんだって? チビの声はここまで届かないな。わはは」


 しゃー、もう許さん。

 どさくさに紛れて頭突きをかましてやる。そんな算段を0.5秒で立て、龍猫相搏りゅうこあいうつように睨み合っていたら……やめやめ、と、香川さんが割って入ってきた。


「はい、翔馬も木天寥君も落ち着いて」

「ちっ。なんだよ、桂華」

「なにその態度? 二人きりの時は舌打ちなんかしないでしょ?」

「……。お前まさか、このバカの肩を持つつもりか?」

「どんぐりの背比べは、みっともないって言ってるの!」

「ど、どんぐり……」

「くくっ。井龍おまえ、この際、うどの大木にでも改名したらどうだ?」


 僕はニヒルに笑う。


身長タッパがあっても中身がどんぐりと変わらないなら、ハリボテもいいところだ。陽キャってのは無駄にかっこつけて、学芸会だとか運動会を真面目に取り組まない生き物だからな。なんなら僕が、小学生の時の役を当ててやろうか? 大木だろ、大木、ん?」

「ぐぬぬ」


 恋人にめっぽう弱い井龍を、これでもかとき下ろす。

 香川さんは、普段いじられない井龍がいじられているのがよほどツボだったのか、僕が悪態をつくたびに、随所で笑ってくれた。


 遅刻魔がパーティグッズのデカ鼻をつけて現れたのはその時だった。


「おくれてごっめーん! まことにすみまめーんま!」


 そんな登場の仕方があるか。


「ヨアっちなにそれw 可愛いw」

「でしょw 笑い取ろうと思ってドンキ寄ったら、いいのあってさ。んーと、もうみんな集まってるってことは、あたし待ちかー。にゃはは。めんまめんま。とりま五人ずつくらいでわかれて、部屋入っちゃおうぜ」

「おっけーい!」

「よあきちゃん、よあきちゃん、ダムかジョイサどっちがいい?」

「ジョイサ一択で☆ ドラボ全曲歌う祭り!」

「おい小金。歌唱力で決着をつけるってのはどうだ?」

「やめとく。僕は音痴だ」

「にっしー、この前みたいに上ハモやってよ」

「ほな、あとでそっちいくわ」


 ヨアちゃまの鶴の一声で、二十人はいた東雲生がさっきまでのやんやを忘れたかのように受付を済ませ、各々の部屋へ消えていく。


「おれも同じこと言ったんだけどな……」


 中村がぼそりとそう呟いたのを、僕は見逃さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫に小判ギャルにウィジャ盤 暁貴々@『校内三大美女のヒモ』書籍 @kiki-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画