第14話 主将と幽霊部員
「ま、そんなわけで、一応、朝顔にも話を聞こうかなって」
「一応は余計じゃないかしら? 素敵なことを言うよりも、言わなくてもいいことを言わない殿方のほうが素敵だと私は思うのだけれど」
同感だ。今日の朝顔は一言も二言も多い。
「その重箱は?」
「お弁当よ。朝から作ったの」
うるし塗りの重箱を取り分けながら、朝顔は言う。
畳、掛け軸、障子。そして三段に重ねられた正方形のお弁当箱。どれも学校という場所にはまったく似つかわしくないけれど、この箱入り娘がひとたび
みっともないとは思わない。
人生は見方を変えれば悲劇にも喜劇にもなると、チャップリンも言っていた。
「その量を。ひとりで?」
「それはどちらの意味かしら? お手伝いさんの手は借りていないけれど、ひとりで食べきれる量ではないわね。ほら。迷い猫はお腹を空かせている、ってよく言うでしょう?」
「まあ、僕の分だろうなとは思ったけど、普段はどうしてるんだ?」
「お裾分けしているの、クラスメイトに。好評なのよ、私のお弁当」
それはそうだろう。朝顔の料理の腕は疑っちゃいない。唯一の懸念は、未知のおいしさを知った舌が肥えすぎて、他の味が霞んでしまうことだ。
「おまえの料理はどれもこれも、おいしいからな。食べていいか?」
「ええ。お茶を淹れるわね。紅しょうがは」
「いらない」
肥えたら、痩せる。
僕にとって、紅しょうがやガムシロは舌のダイエット器具のようなものだ。
「いただきます」
宝石のようなおかずを残さずたいらげ、自然と舌鼓を打った僕は、「ごちそうさまです」と両手を合わせてから、朝顔の淹れてくれた煎茶を啜った。
急須もお碗も茶葉も、必要なものはすべて持参したという。お嬢様のやることなすことに、顧問の先生もさぞ目を丸くしていることだろう。値の張りそうな質素な茶釜が掛け軸の下で今か今かと出番を待っているようで、僕も暇な時は松風の音でも聴きに、茶道部に足を運ぼうと思った。
幽霊部員は続ける気だけれど。
「茶釜が気になるの? あれは、そんなに珍しいものでもないわよ」
「あーいや、学校の中にあるってのが、新鮮でさ」
「ふふっ。校内に和の空間があるだけで、心が落ち着く気がするものね。あなたが署名してくれたおかげよ。ありがとう、小金くん」
「部員を集めたのはおまえだ。あれから、また増えたんだって?」
「あなたを入れて、七人から十人に。そのうち女子が九人よ。こういうのをなんて言ったかしら? は、ハー、ハレー、ごめんなさい、思い出せないわ」
「新入生総代がハレムを知らないわけあるか……!」
「さすがは小金くん。その手の『欲望』には詳しいのね。雰囲気は大奥だけれど、そこはひとつ、私の顔を立ててどうか許してちょうだい」
「僕をいじるまではいい。主将が、関係のない部員まで
「ええ、まったくそのとおりね。話というのは、また春夏冬さんが絡みかしら?」
僕は頷く。
「省略してすまない」
「いいの。あなたがすべてを語らないのは今に始まったことではないから。ただ、井龍くんと香川さんについて知りたいだけでは、あまりにも抽象的すぎるわね。私は情報屋ではないの。あなたの幼なじみよ」
「ああ。そうだな」
僕は深く深く頷いた。
「小金くんの為なら協力も惜しまないし、私のできる範囲のことであれば、なんだってしてあげる。けれど、あなたは春夏冬さんの為に、関わらなくてもいいことに関わろうとしている。貢いだ愛情を他の女に注がれてなお、はいそうですか、了解しました、と頷く女なんてこの世にはいないのよ。私を除いて」
ずっこけ。
「……おまえは僕に甘すぎやしないか」
「甘えてくれないくせによく言うわね。それって、新手の焦らしプレイ?」
朝顔のジト目は、ジト目でありながら不思議と華がある。
英才教育の賜物なのか、はたまた所作のひとつひとつを鏡の前で磨いてきた結果なのか、その視線に耐えきれず、僕は顔を背けて「ちがう」とだけ口にする。
「あらそう。残念。
「おまえ……各教室に盗聴器でも仕込んでいるのか!?」
「やーね。スマホひとつあれば大抵のことが賄えるこの時代に、そんな無粋な真似はしないわよ。人伝も人伝。誰が私の八本足なのかは教えてあげないけれど」
「蜘蛛の巣は張ってるんだな⁉ 自白したな?! ……ま、それはいいとして。辿り着かないってのは、どういうことだよ」
朝顔は咲う。
「あなたの胸に聞いてみなさい」
「よりにもよって、僕が苦手な、母さんの台詞ベスト3を……」
「遠回しね。ワーストと言い切れないあなたのその優しさが調査を難航させてるの。《あなたたち》ではなく、《あなた》ひとりなら話も変わってくるでしょうに」
僕は言葉に詰まった。
「……いやなやつだよ、おまえは」
「あなたを愛しているからこそよ。春夏冬さんのためにも、探偵ごっこの範疇で終わらせなさい。『赤い女』なんていなかった。それでいいじゃない」
(ああ、いないほうがいい。でも論点はそこじゃないんだ、朝顔)
あのギャルが普段何を考えているのかなんて皆目見当もつかない。けれど今日ばかりは勘や直感に頼らずとも、どんな行動に出るのかが手に取るように分かってしまう。午前中までは学校にいたはずなのに午後になって早退した理由も。
今頃はきっと、謝罪をしに井龍の家へ向かっているのだろう。
ヨアちゃまが井龍を傷つけた――この噺をそんな最後で締め括るくらいなら、僕はきっと、心の底からカタストロフを渇望する。
(そもそもの、元凶を絶つ)
「ひとつだけ教えてくれ、朝顔」
「ええ。もちろん。何を知りたいの?」
「歩行田となりについて」
「仮釈放中で、すでに恩赦状が交付されているわ。見たのね?」
「ああ……赤いワンピースを着た女を」
「面倒ごとに首を突っ込まないと約束するのであれば、その女は私のほうで処理してあげる」
「いや……それは」
「おままごとでは済まないわよ。あなたの霊感なんて、実際にはなんの役にも立たないのだから。たとえこの部室の外に草原が広がっていたとしても」
僕は肩をすくめる。
「僕を勇者かなにかと勘違いしているのは世界でおまえひとりだけだよ。安心しろ、無理はしない」
「そう。あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね」
朝顔は正座をしたまま、静かに目を閉じて咲った。
僕は空になった茶碗を畳の上に置いて、部室を後にし――駆け出した。
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