第13話 人

 翌日。

 風の噂で井龍が学校を休んだという話を耳にした。


 昨夕のヨアちゃまの詰問がとどめを刺したのか、あるいは過去のトラウマが彼の心を蝕み続けているのか、遅かれ早かれ、精神的に限界を迎えていたのだろう――と、適当に結論付け、当の咎人を訪ねて一組の教室のドアを開けたら、なんとヨアちゃままでもが早退していた。


 そんなこんなで、本日の昼休みは「ぼっち」が確定した。


 いや、これでいい。ちょうどよかった。なにせ僕には『赤い女』の正体を突き止める使命がある。緊張に次ぐ緊張でトイレに三回も駆け込んでしまったけれど、ことほか、調査はスムーズに進んだ。


 自他共に認めるコミュ障が、えっちらおっちら大手を振って、聞き込み(またの名を情報収集という)に心血を注ぐなんて、これはもうニギハヤヒを擁立したナガスネヒコばりの忠誠心に突き動かされたとしか考えられない。




 我が名は木天寥小金!

 一年二組の教室よりこのクラスへ来た!

 そなたたちは『赤い女』の手がかりを教えてくれる、井龍の知人か!?


 まさしく気分は、そんな感じだった。




 一年六組 N村の場合


「え、誰あんた? あぁ、春夏冬の友だちね。翔馬について? なんか今日は体調が悪いらしくてさ……学校休んでんだよあいつ。これ、ここだけの話な。誰にも言わないでくれよ? 翔馬のやつ、やばい女にストーカーされてるかもしれねえんだって」


 中村は口が軽いわりには、大した情報を持ってない想像通りの男だった。




 一年一組 Hさんの場合

「ヨアっちの友達?w 見えねーw あ~井龍ちゃんカッコイイよね。アタシも紹介してもらいたいんだけど~、桂華ちゃんのガードが超固いわけ。ウケる~w」


 ヨアちゃまのモデル仲間だという長谷川さんは、ギャルの爪の垢を煎じて飲んだようなギャルで、やや言語の壁を感じてしまった。僕は早々に会話を切り上げた。




 三年六組 A先輩の場合


「そうか、井龍のやつ、学校を休んでるのか。まいったな。え……ああ、うちは毎年全国争いをしている強豪校だからな、練習も厳しくはなる。もし、井龍が俺について何か言ってたなら、すまなかったと伝えてくれ。あんなにバスケが上手いやつ、今まで見たことがなくてさ。つい指導に熱が入ってしまったんだ」


 バスケ部キャプテンの明石あかし先輩は、箱から取り出したばかりの石鹸みたいに爽やかで、大学に通っているうちの姉より大人びていた。

 僕から話しかけたにも拘わらず、別れ際に「話を聞いてくれてありがとうな」とジュースも奢ってくれたし。


(すみません、明石先輩。僕、井龍とはまったく交流がないんです)




 一年二組 UさんとOさんの場合


「誰?」

「よく見て、ミー。クラスメイトのもくてん君だよ。わたし、岡本おかもと七瀬ななせね。こっちは烏野うの深夕みゆう。ミーはね、反応薄いけどとってもいい子なんだよ。仲良くしてあげてね」

「いいって七瀬。そういうのは」

「本当のことでしょ! え? 翔馬くんと桂華ちゃんの関係?」

「あの二人は幼なじみで元カレと元カノの関係らしいよ」

「え!? なんでミーが曙中あけぼのちゅうのこと知ってるの?!」

「なかむーから聞いた。井龍くんが病んで別れたってとこまで。井龍くん、ストーカーされてたんでしょ?」

「なかむー……口軽っ。でもでも、そういうことなの。それで翔馬くん学校来れなくなっちゃって、でも桂華ちゃんは別れた後もずっと翔馬くんに寄り添ってて。桂華ちゃんのお父さんが精神科医だったから、翔馬くんも立ち直れて……なんかこう、わかるでしょ? 察して、もくてん君!」


 烏野さんと岡本さんは、対照的でなかなか良いコンビだと思った。


 中でも気になったのは烏野さんだ。黒マスクに、厳島の夕陽を連想させるオレンジショートの髪。宝塚にある劇団の演者さんのように、男装の麗人やボーイッシュという言葉がよく似合う。


 こういう女の子を、王子様系と呼ぶのだろうかと、ふと思った。




 一年八組 Tさんの場合


「あら、誰かと思えば、小金くんじゃない。なによ、その顔は。まるで『このクラスには極力近づきたくなかった』みたいな面しちゃって。……一緒にお昼? 全然会いに来てくれなかったくせに、こういう時だけ彼氏面をするのはやめてちょうだい。勘違いしないで。誰も、行かないとは言ってないのよ? 準備するわね」


 彼氏面はしていない。


 僕は幼なじみをエリートたちの巣窟から連れ出し、東雲高に新たに設立された「茶道部」の部室にて、事のあらましを説明した。


 昨夕、喫茶店で交わしたヨアちゃまとの会話を思い返しながら。




「れぇってさ、憑くタイプのほうが多いん?」

「そうでもないかな。地縛霊もいれば、一定の距離を守ってついてくる霊もいる」

「ストーカーみたいに?」

「そう。一応、ファミレスの内と外にも気を配ってみたんだけど、それらしき存在はどこにも見当たらなかった。……となると、現状考えられるのは二つ。僕の目にも映らない上位の霊体か、あるいは……いや、説明しても分からないか」


 、と言いかけて、オチも言い淀んだ。

 、と。無駄に良すぎる目を今日ほど呪った日はない。


「よくわかんねーけど、それだと翔馬がマーくんより視えるってことにならね?」

「稀にいるんだ。視界に棲みつく霊が」

「しかい?」

「まあ、分かりやすく言えば、その人の見ている世界にしか映らない霊だ。対処法はなんだったかな。鏡張りの部屋に連れ込むだったか……うーん」

「そういう知識ってどこで覚えたん?」


 純粋な目で問いかけられた。

 余計なことは言うなと師匠に釘を刺されている以上、「ヨアちゃまのおばあさん」とは口にできず、ひとまずカフェオレを啜る。


「環境、かな。自分を守るために勉強せざるを得なかった、というか」

「マーくんはツオい子。よしよしなでなで」

「なんだよ、霊でも視えてるのか? エアーなでなでなんかして。どうせなら姉と喧嘩して落ち込んでる僕を慰めて――……ん?」


 僕は眉を潜める。


「どした?」

「あーいや、井龍と香川さんって付き合ってるのかなって」

「にしし。知りたい?」

「……別に、そこまでは気にならないけど、知っておいても損はない、というか」

「じゃ、教えない」

「意地悪だなぁ……」

「情報を集めんのはマーくんの役目。んで、謎を解くのがあたしの役目☆」


 ふう。やれやれ。


 主役にそこまで言われて、断れるモブがこの世にいるものか。

 僕じゃなくてもいいのなら、その役目は誰かに譲る。それでも「僕がいい」と言ってくれる女の子のために、男は重い腰を上げるのだろう。




 回想を終えて、僕は朝顔と向き合った。

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