第12話 名探偵の胎動

 えい。ヨアちゃまの頭頂部に男女平等パンチをお見舞いした。

 すべてのジェンダーが平等な権利と機会を持つべきであれば、これは正しい行動だと判断したからである。それはそれはもう、猫パンチやそよ風よりも優しめの威力で。


「あいち」

「さっきのあれはやりすぎだ。少しは考えてやれ」

「……うんむ、あたし、完全に暴走してたわ。マーくん、ちょっちひいたっしょ?」

「偏愛を責めるつもりはない。重要なのは反省をどう次に活かせるかだろ?」

「感謝の痛み」

「そこは極みにしてくれ。昨今はなにかとうるさいんだから」


 にしても、この僕に、まさかこんな役目が回ってくる日が来るとは。できるだけファミレスから距離を取ったほうがいいと考え、現在は、淡路町方面(御茶ノ水に隣接するエリア)へ移動中である。


「それはそうと、突き止めるんだろ?」

「はにゃ?」

「いや、自覚がないなら、いいんだ。僕もこの件からは手を引きたいし」

「ありますよ。ぼそっ。いい店」


 そんな「ぼそっ」の使い方は、光源氏やジャンヌ・ダルクであっても許さない。


 しかし、まいったな。余計なことを口にしてしまった……。肩をしっかり掴まれている以上、振り向くか、振り切る以外の選択肢はない。中学までの僕なら迷わず後者を選んでいたはずなのに、なぜかこのギャルの誘いだけは断れる気がしなかった。


は何をご所望で?」

「もち、ワトソン君よりマーくんを☆」

「付き合うよ。ご褒美もまだもらってないし」

「うしし。そーこなくっちゃ」


 名探偵、春夏冬よあきの爆誕である。




 淡路町にある「フランソワ」は、餡子入りのホットサンドが美味しいと評判の喫茶店らしい。ヨアちゃまのチョイスは実に大人っぽく、


(一度こういうお店に来てみたかったんだよな)


 素直にそう思った。しかしながら、ファミレスで食事を済ませた僕の胃の腑にはカフェオレ一杯しか入る余地がなく、いや、それ以前に、財布の中にはもう小銭とSuicaしか入っちゃいなかった。


 かたやヨアちゃまは、ホットサンドにナポリタン、カップの縁にカットレモンを添えた紅茶――と、実に豪勢なラインナップと向き合っている。


 ガムシロは入れても混ぜるな。

 そんな信条を胸に、一口目だけは理想の甘さのカフェオレを啜りつつ、


「食べながらでいいから、聞いてほしいんだけど」

「じーー」

「なんだよ……その、ジト目は」


 フォークでナポリタンを巻いていたヨアちゃまの手が、そこで止まった。


「サラッと前置きしたなーって。なんかすごいの」

「大袈裟だな」

「そっかな? ふつー言わんくない? 《食べながらでいいから》とか。リアルじゃあんま聞かんっつーか、男子って基本、前触れもなく自慢はじめんのよね。なんか、マーくんって女子の扱いムダに慣れてね?」


 受け皿ソーサーにカップを置き直しつつ、僕は天井を見上げる。


「まあ、慣れもする。あんなふうに嫌な顔をされたら」


 結論だけを先に述べると、ヨアちゃまは、こてんと首を傾げた。


「勝手なんだ、姉さんも妹も。一時間愚痴を聞いてやっても、向こうは僕の十秒すら許容できない。たぶん、主導権がほしいんだと思う。だから、くれてやった」


 まあ、姉と妹に限った話じゃないけど。同級生であれ、誰であれ。


 たとえば《スマホをさわりながらでいいから》と前置きすると、多くの人は「あー」とか「うん」といった、気のない返事をする。それはごく自然な反応で、むしろ無視してくれたほうが気が楽なくらいで。しかし中には、しばらくしてからスマホを置き、腕を組んだり頬杖をついたりして、いかにも話を聞く姿勢を取る者がいる。


 ――聞かされているのではなく、聞いてやっている。

 自分で選んだ、という快感に人は酔う。


 それを知ったとき、僕はたぶん「対話」を諦めたんだと思う。


「マーくんのキモチもわかっけどさ。あたしは、つまんねーヒトと二人きりでゴハン行ったりせんのよ。なにが言いたいか、わかる?」


 あまりにも分かりやすくて、僕は脱帽する。


「ごめん。……癖になってるんだ、前置きするの。次からは気を付ける」

「よろしー。デデデ? なんのはなしをしよーとしてたわけ?」

「あー、えと、『赤い女』の件なんだけど」


 そう切り出すと、うっすらと虹がかったヨアちゃまの白髪ボブがさらに虹味を帯びた気がした。行きつけのヘアサロンに面妖な美容師でもいるのだろうか。

 ホワイトカラーのインナーレインボーとかいう呪文みたいな注文に対応できる担当が、高身長のイケメンでないことを願う。


 それはなんだか面白みに欠ける。 

 

「聞き込みをしようにも井龍本人があの様子じゃ、進退窮まる気がする。そこで、明日からなんだけど」

「ほむ」

「僕は独断で動こうと思う」

「なんでよぉ? ぶぅぶぅ。マーくんがいねーと、つまんねーじゃん」

「そのほうが、名コンビっぽいからかな」

「口説いてる?」

「ち、が、う」


 ヨアちゃまはホットサンドを半分に割りながら、苦笑する。


「あたしさ、中一、中二、中三の秋に、いっこ上、タメ、いっこ下って流れで、彼氏作ったことがあんのね。告ってくれた男子の中から、気の合いそうな人を選んで、お試しで」

 

 元カレが全員もれなく中二か(黒歴史を量産している時期だな)。


 話は一旦そこで途切れた。

 沈黙が生まれ、お皿の上のものがなくなるまで、僕は口を挟まなかった。店内に響くクラシック(モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク)に、「ごちそーさまです」の声が綯交ないまじり。


「――でも、全員もれなく体目当てでしたとさ。はなしは、以上」

「雑なオチだなぁ。僕だってそうかもしれないだろ?」

「マーくんは違うんよね。女子って目ぇ見たらわかんの」

「まあ、簡単には体を許さないタイプかな」

「うしし。ジイシキカジョウ」

「うぐ」


 身から出た錆とはいえ、容赦がないな。


「非モテで悪かったな……。美少女に僕の気持ちが分かってたまるか」

「はーん? ビショウジョー? なんか言い回しキモーい」

「ルッキズム社会の弊害だ。いや、恩恵かな」

「どっちでもよくね? 不快なことには変わりねーし」

「そうでもない。前者なら『きゃーイケメン』とか『あの人超イケメン』とか言ってる女の子たちが全員まともじゃないってことになる。……心苦しいんだ。そんな社会は」


 テーブルがかたかたと震えた。

 しゅん、とわざとらしく肩を落としてみせた僕も僕だが――冬空の下、ようやくエンジンがかかった原付よろしく――ブルブルと笑うヨアちゃまもヨアちゃまである。


「……っっっ、思ってなさすぎて、しぬw」

「思ってるよ。なにせ彼女たちは無意識に『美少女』を連呼してるんだ。あああ恩恵があってよかった」

「やめw」

「こほん。話を戻すけど、相手の素性が分からない以上、情報を集める役は影の薄い僕が適任なのかなって。井龍には、


 ヨアちゃまの目が見開く。


「やっぱマーくんしか、勝たんわ。そういうはなしを聞きたかったんよね」


 僕がこのギャルの誘いを断れない理由を、やっと言語化できそうな気がする。


 あの春に視た翁よりも。

 いつぞやの夏に視た亀男よりも。

 小二の秋に視た災厄の少女よりも。

 おそろしく寒い冬に視た氷髪の鬼よりも。


 ヨアちゃまの境界線を踏み越えてくる瞳は、周りに気を遣いながら生きてきた僕にとって、久しく見ていなかった虹のように思えるのだ。

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