第6話 師匠との再会
早寿(五十歳)。同業者から詐欺師の中の詐欺師とまことしやかに囁かれている、霊能者の中の霊能者。実際にそういう一面もなくはないので、あまり擁護する気にもなれないのだけど、そのへんの占い師やスピリチュアルの伝道師とは、そもそも次元が違う。領域も、分野も、専門も、知識も、経験も。
僕は敬意と畏怖を込めて『師匠』とお呼びしているけれど、人格者だから、というわけではない。
むしろ、その逆……師匠ほどの『ほら吹き』を僕は知らない。
それでも、
あの日、あの時、あの場所で――――、
『――……でも、不幸中の幸いだったのかな、なんて。人の命が本当に平等なら、天秤にどちらの命を乗せるかは明白ですから』
『ああ。誰がどう命の価値を見定めるのかは平等だよ。たかだか数百数千ぽっちの他人の命と、お前さんの命が――お前さんを愛してくれる人たちにとって、平等なわけがないからね』
『それは盲点でした。師匠は嘘がうまいですね。つい、その気にさせられてしまう』
『いいかい、小金。この世でもっともついちゃいけない嘘は嘘をついちゃいけないと決めつける嘘なのさ。脳はお前さんに嘘をつく。心もお前さんに嘘をつく。だから正しい道を見つけた時は、お前さんも嘘をつきなさい』
――誰かのために生きる道こそが、正解だと。
『その選択の重みを「愛」と呼ぶんだよ』
――――面妖の中の面妖『
あの頃ヒーローに憧れていた僕は、心から普通を望める少年になれただろうか。
正しさよりも、もっと大切なものを愛せる人間になれただろうか。
まあ、それはそれ、これはこれとして、
「これ、ヤマカガシですよね……」
「どしたの、マーくん。だれだれ? だれのこと思い出してるん?」
「人名じゃない。学名だ。確か、ナミヘビ科のヤマカガシ属に分類される蛇だったかな」
「ガガガ?! でもでも、ばっちゃんがツチノコだって」
「このへんで獲れる蛇はだいたいツチノコさね」
そんなアホな。
「それってこの辺の飼い犬はすべて狼だと言い張ってるのと、同じでは?」
「そりゃいぬっころなんてのは、みんなオオカミの亜種だからね」
「ちげーしー。わんちゃんはわんちゃんだしー」
「ったく、細かい男と女は続かないよ」
師匠は不機嫌そうに言う。
二十畳ほどの和室の居間。その中央にある囲炉裏の上で、網にのせられた蛇が、先ほど捌かれたとは思えないほど、まだくねくねと身をよじっている。これでスタイルが抜群だったなら悩殺ポーズとも形容できたが、胴は短く、異様に太い。一見すると空想画でおなじみのツチノコのようにも見えるけれど、おそらく違う。
師匠が
「僕はツチノコを拝みに、こんな遠方まで来たわけですが」
「ああそうかい。てっきり私は、うちの孫が目当てだと思ったんだがね」
「そなの?」
図星を突かれて、僕は一瞬ひるむ。
「どっちもかな……」
「照れんなって、このこの~」
「よあきちゃんに触れるなよ。このエロガキめ」
「……拡大解釈だ、僕はエルボーをくらってる側です」
「躱せ。この世の煩悩がそこに詰まっている」
……。
僕は沈黙を選んだ。あまりにも横暴で無茶苦茶なこじつけではあるが、完全には否定しきれない以上、ここは戦略的撤退しかなかった。
女の子の肘の感触にドキドキしたわけではない。名称不明のいじらしい空気にのべ一〇八からなる煩悩のいずれかが反応したに過ぎない。
師匠はそこをついてきた。狡猾に。老獪め。ウーッシャーッ。
「つか、あたしもツチノコ拝みに、ばっちゃん家に泊まりに来たんですけどー」
「どんな手を使ってでも孫の顔を拝みたいと思うのが、ばあちゃんってもんさ」
「でへへ、ばっちゃん愛してる♡」
「ふっ、愛の深さなら負けないよ」
やれやれ。煩悩にまみれているのはどっちだ。絵に描いたような『孫バカ』の顔してないで、さっさとほうじ茶くらい出してくれませんかね。キンキンに冷えたやつを。
「つまり話をまとめると――ヤマカガシ、ですよね?」
「黙れ小僧。胃の中に入れば全部一緒さ。消化して、ぷりっとする。世界はそれを糞と呼ぶんだぜ。どうだい、クソかっこいいだろ?」
どや、と師匠はしたり顔で菜箸をたぐらせ、網の上の蛇肉を裏返した。
自然とため息がこぼれる。
「ガワだけですね」
「サンボぱねー」
「おーし、分かった。そこまで言うなら、こっちにも考えがある」
「考え?」
「うちの孫のために、お前さんがツチノコを見つけてきな」
ホワイ。どうして僕が、そんな賞金ハンターみたいな真似を?
考えても分からないことだけは、よく分かった。
「意味が
「青いねえ。お前さんが『糞』の意味を知ったのは、分からないを分からないままで済ませなかった時だよ」
意義あり、と僕は左手で待ったをかける。
「赤子の僕を指差して《小金がうんちもらしてる》と笑い転げていたのは、確か姉だったかと。おそらく僕はその
「いいや。こいつは、普遍的な『真理』さ」
僕がムッと大を我慢するような顔をしても、師匠はかまわず舌を回す。
囲炉裏の炭をトングで突き、赤くなりすぎた熾火を脇へ追いやりながら。
「まだ幼さなかったお前さんはきっとこう思ったのさ。ぼくに愛を注いでくれるこの人たちの言葉が
端から端まで余すところなく『嘘』である。
そういえば師匠は秋刀魚の食べ方も綺麗だったな、などとどうでもいいことを思い出してしまうあたり、我ながらどうかと思うのだけれど――それに比べて『赤ん坊』の頃の記憶ときたら、どこか曖昧で、不鮮明で、おぼろげで、要するにほとんど何も覚えていないわけで。
なんにせよ、師匠の作り話ということには変わりない。
そのような結論に不時着してしまうのも無理はなかった。なにせ、
(家族の言葉を理解したかったから、か……)
そうではないと言い切れないところが、師匠の嘘の妙なのだから。
「ばっちゃん、超おもろーっしょ。こう見えて、ガチの探偵だし、あたしも将来はそっち方面で活躍したいんよね。『くく。警察が介入できない民事かい。なら、おいらが行くしかねえな。ばっちゃんの名にかけて』とか、言っちゃったりしちゃって。ぐしし」
奇天烈なワーディング(確かギャル語だったように思う)で将来の展望を語りはじめたヨアちゃまをそっちのけにして、僕が「探偵?」と首を傾げていると、師匠が分かりやすく目配せをしてきた。
「小金といったね。食事が済んだら、ちょいと私に付き合いな」
そんな含みだけを、お昼前のふわふわした余白に忍ばせて。
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