第4話 GOOD BYE
「ビデオ通話で、ウィジャ盤に質問したいことがあってさ」
ウィジャ盤。
降霊術を娯楽に落とし込んだ、占いゲーム。仕組みは単純で、こっくりさんとよく似ている。ひらがな五十音の上に十円玉を置くか、アルファベットの上でプランシェットに指を添えるか、あの悪趣味な遊戯との違いなんて、せいぜいその程度のものだ。
短く要点だけを伝えると、即座に反応が返ってきた。
《イミフすぎー。もちっと、説明を求むー》
「ヨアちゃまはプランシェットに軽く触れてくれれば、それでいい」
《ヒトのはなしを聞けー!》
通話越しに怒鳴られた。耳が痛い。
《ははーん、さては今日ウチにこん気っしょ?》
「もう近くにいる。遊ぶ前に、ちょっと確かめたいことがあってさ」
《……ほむ、それってビデオ通話じゃねーとムリな案件なん?》
「そうなんだよ」
《どーしょっかな。お風呂入って仮眠とったんよね、だしスッピンっつーか》
女子みたいなことを。女子だもんな。
「興味ないや」
《ちっとはキョーミもてごら》
「…………うい」
《とりま、ウィジャボを映せばいいんね?》
「そ、そうしてもらえると助かる」
スマホを耳から離すと、画面上に木製のボードが映し出された。板の表面にはアルファベットと数字、そして「GOOD BYE」のテキストがお行儀よく並んでいる。
《見えてるー?》
「ああ。キラキラの爪もばっちり」
《にひひ。これさ、いまトレンドの銀河ネイルで、ギャラクシー感出すためにSC24を二度塗りして――》
「質問だ、ウィジャ盤」
ここが分水嶺。ヨアちゃまの自宅を指せば、呪物案件。
また、ゼロから対策を練り直す羽目になる。
「似て非なるものの帰る場所は?」
《――無視すんなぁぁ、って、うぇ?! 指が……イッツオートマチック!?》
龍の背に乗る小太郎さながら、ヨアちゃまの指がプランシェットに導かれる。
霊感、霊力、霊能、呼び方はなんだっていい。小学生の時、僕がこっくりさんを二度とやるまいと誓ったのは、丸一日(二十四時間きっかし)、目に見えない何かの遊び相手になり続けなければならない感覚を、身をもって味わったからだ。
我慢した。維持だった。そして
スパルタ軍ですら腰を抜かすであろう、屈強な膀胱を。
……。まあ、すなわち、良くも悪くも、ウィジャ盤だろうとなんだろうと。霊に干渉できる僕が話しかければ霊は降りてくるってことだ。
指し示されたアルファベットは――
――
「ありがとう、ヨアちゃま。もう切る」
《説明しろー!! マーくんのばかーー!!》
通話を切ると、川風が弱まったような気がした。
橋の欄干で頬杖をついていたヨアちゃまメイドver.が、てくてくと歩み寄ってくる。
「トモダチとのテレ終わったん?」
「うん……ついでに家までの道も訊いたんだけどさ、でも、結局分からなかった」
「そっかー。じゃあ、アタシはどこに帰ればいいん?」
ヨアちゃまメイドver.の目は再び、無垢なまま僕を見つめていた。
瞳の奥にあるのは、漠然とした期待。きっと、答えを知りたがっている。
僕は――空を指差した。
なぜか、口を動かすのが重かった。
「ヒンメル」
ドイツ語で――「天国」を意味する。
強風も吹いていないのに、猫耳カチューシャの先端だけが、かすかに揺れた。
「楽しかった……」
「にひひ、なら、そんな顔すんなし。ばいばい、マーく――」
揺れ戻る前に、あるいは揺れること自体が不自然だったかのように。
彼女は――ふっと、この世から姿を消した。
森羅万象が許容したのは、笑顔の残像だけ。
「……記念に一枚」
スマホで、ぱしゃり。
会いたいと願った二人が『写真越し』に顔合わせをするくらいは……正しさばかりを肯定する世界も、きっと許してくれるに違いない。
一方的に電話を切ってしまったし、今頃ヨアちゃまはご機嫌斜めだろう。
でも、これを見せれば、きっと機嫌を直してくれる――そんな気がする。
この、ささやかな「メイドの土産」を。
爾後。
神田駿河台四丁目にある分譲マンション。カラフルな小物とオカルトグッズが混在する、ピカソの心象風景みたいな十三畳半の一室にて。
「特級呪物! とっきゅーじゅぶーつ!」
ウィジャ盤に恐れをなしたヨアちゃまが、ミニTに短パンという完全に気の抜けた部屋着姿のまま、ベッドの上でどんどか跳ねている。凹凸が、ヘッドバンギングみたいに揺れる揺れる。
(目に毒だ)
「やれやれ。この前は目をハートにしてたくせに」
「仲良くなれない
「オカルトマニアには
「あたしが寝てる間にこの子がイタズラしてきたら?」
「さっきのアレは、Bluetoothと連動してただけっていうか」
「嘘つけ! てか、マーくんはさっきなにしてたんよ?」
ヨアちゃま似の死神とお散歩デートをしていたのさ。
僕の推測が正しければ、こいつは呪物とは真逆の位置にある。
だからこそ、どうにかして
「なんまいだナンマイダ。魔封波マフーバ」
当の持ち主は、鼻毛よりも役に立たない封印の呪文を唱えるくらいには、まいっているようだ。仕方ない。詐欺師の手口を使うか。
「ヨアちゃまがいまハマってる都市伝説を当ててみせようか?」
「はーん? なに急に?」
「信用を得ようと思ってさ」
「胡散くさー。どのみち、この子は捨てる一択だかんね。とりま、いってみそ」
「ドッペルゲンガー」
「こわっ、こわこわ。なになにどゆこと? 誰にも教えてないのに」
僕は肩をすくめる。
「とある霊が教えてくれてね。ヨアちゃまと仲良くなりたいんだとさ」
「れぇが? あたしと? デデデ? それがウィジャボ捨てちゃメなことにどうカンケーしてるん?」
「そのウィジャ盤に降りてきてるんだよ、守護霊が」
「パトローナムキターーーー!」
ちょろいや。
「ガ(ガチ)?」
「それを確かめたいから、お茶でも汲んできてくれないかな。できれば、紅茶で」
「あたしはメイドかこら」
ヨアちゃまがぷりぷりと部屋を出たのを確認して、さて、と僕はテーブルのウィジャ盤に話しかけた。
「おまえ、ご主人様のことどう思ってんだよ」
プランシェットがひとりでに動き出す。
もちろん、指は添えてない。
――「I LOVE YOU」「GOOD BYE」
どうやら、ヨアちゃまの守護霊は照れ屋らしい。
グッバイと、二重の意味を込めて、僕はそう呟いた。
心霊写真を待ち受けにしたスマホを、そっとウィジャ盤に添えて。
〆 都市伝説レポート②と③ ドッペルゲンガーにウィジャ盤
字面だけ見ると「鬼に金棒」みたいで実にユーモラスだけれど、よしんば自分と瓜二つの死神が降霊術でこちらの居場所を探ってきたら、どう対処する?
僕は、そうだな――そんな仮の噺には頓着しない。
諧謔、諧謔。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます