第11話 きな臭いファミレス

 数学の授業中に現国の予習をしていると放課後になっていた。

 その足で、ニコライ堂近くのファミレスまで、東京メトロの脈動をアウトソールに感じながら歩を進めた。


 席につき、ムール貝のガリバタ焼きを注文してから十五分が経つ。


 ソース多め。ナイフを使う根性はなかったので、フォークで貝柱を無理やり引きはがしつつ、授業中の二倍、いや二乗ほど脳を回転させているところだ。


 まさかこの短時間で『登場人物』が三人も増えるなんて。

 頭がパンクしそうなので、まずは状況整理をしなければならない。


「おやおや? なして、なかむーがいるわけ?」

「え。もしかしておれ、お呼ばれしてない感じ?」

「俺が二人でサボろうぜって声かけたんだよ」

「私もサボったことになるのかな。……一応、マネージャーだし」


 なにかしらの要因で、あるいは単にめんどくさかったという理由で。

 部活をサボったらしい同級生が、ひー、ふー、みー。


 井龍翔馬(バスケ部のホープ)。

 中村(その相棒?)。

 香川桂華(マネージャー)。


 この三人がヨアちゃまを囲んでいる、という構図だ。

 斜め前のテーブルにはお冷が四つ。

 同じ店内に「五人の東雲生しののめせい」が揃ってるってのに、奇妙な話である。

 きな臭さと大蒜ニンニクの香りごと、六腑をムール貝で満たしていく。


 ……口臭がどうなろうと構うもんか


 なにせ僕はひとりでファミレスにやってきた哀愁ただよう寂しい男子高生。

 かたやヨアちゃまは友人と向かい合わせのソファーを埋める華の女子高生。


「てか、中村はサボっちゃダメでしょうが」

「それをいうなら、香川もだろ?」

「私は、ほら。翔馬の付き添いだし……」


 隣に座る井龍のブレザーの袖をきゅっとつまむ、香川さん。


 女子にだけ『さん』付けするのは、僕が生まれつき小早川隆景やウィンストン・チャーチルをも凌駕する紳士だからにほかならない。まあ、その面影も、へそ曲がりな姉と血圧低めな妹のせいで、ごっそり削ぎ落とされてしまったのだけど……


(にしても、あの二人。距離が近いな。交際してるとか?)


 となると付き添いじゃなく、お付き合いなのではなかろうか。

 マネージャーの公私混同って部内的にどうなんだろう。


 下衆の勘ぐりになる前に、ま、そこは、腐っても美男美女と別口の話にすり替える。我ながら値千金あたいせんきんの引き出しだと自画自賛しかけるも、世の中は語彙力の小細工に拍手してくれるほど甘くはない。甘くはないのに、世間も面接官も優れた外見には甘いという。


 井龍は高身長のイケメンで、香川さんはセミロングの茶髪を臙脂えんじのシュシュで後ろに束ねたべっぴんさん。

 あの二人ならいいか、と謎のお許しが出そうなカップリングだ。


 世の中とは実に不平等である。爆発しろ!


「中村はどこも悪くないでしょ?」

「なことねえって……練習、すげえキツくてさ」

「だよな。俺ももうやめよっかなって。明石あかし先輩に迷惑かけんのも悪いし」

「翔馬はダメだってば。みんなから、その、期待されてるんだし」

「おれならいいってのかよ……」


 絡んだことはないけど気持ちは理解わかるぞ。中村。


「ぴえん、ざん 内輪トーク斬りぃッ!」


 ピリつきはじめた空気に、ハゲちゃまがすかさずメスを入れる。


「ご、ごめんね、よあきちゃん」

「およ? ケイちゃんのその顔、かわよ。写ス撮ってよき?」

「えと、うん。私も後で一枚、ストーリー用に。いいかな?」


 もちもち、とピースの指を上下させてから、ヨアちゃまはスマホを構える。


「この角度やべー。横目に流す感じもほしーかも。あ~、それそれ。うっへへぇ♡」


 僕はグラビア撮影会に紛れ込んだモブAか?

 しかも、ちょっと過激なやつ。


 一見、いや三六〇度どこから見てもセクハラじみているのに、香川さんは水族館のお姉さんと戯れるイルカのように、どこか楽しげだ。まぁ気持ちは分かる。初対面で「アヘペロ」をかまされた僕でさえ、戸惑うより先にヨアちゃまのペースに身を委ねてみようという気にさせられた。


 あのギャルの前では、誰もが自然体になってしまうらしい。


「そのへんにしとけよ、よあき。俺と桂華に話があるんだろ?」

「あるけど、いま遮らんで? こうゆうのはモデルがいいほど時間がかかんの」

「ま、桂華は元だけはいいからな」

「……ちょ、元だけって失礼じゃない?」

「よしゃ! いいの撮れた! なかむー見て、ケイちゃんの生写真。加工なし」

「おっ、どれどれ」

「見るな中村、よあきちゃんも見せちゃダメ」

「ははっ、部活より桂華のその顔のほうが百倍おもれえわ」


 井龍が笑うと、あっちの席だけひときわ和やかなムードに包まれる。

 僕はひとり寂しくコーラをストローでちゅーちゅー。蚊か。


「うっし。そろりっち、本題にインしてオケ?」

「おっけい。どういう感じの話なの?」

「どうせ、よあきのことだから東雲高の七不思議だの怪談だの、知ってること全部教えてって流れだろ?」

「にしし。ズボウケ」

「ズボウケ? ズボウケってなんだ?」

「なかむー、そんなんも知らんの? 図星を突かれてウケるって意味」


(いや、僕も初知りだが)


春夏冬あきないも好きな。都市伝説」

「おーよ、これに命かけってから」


 オカルトや陰謀論を鼻で笑う者も多いが個人が楽しむ分にはケチのつけようもない。

 これがガチに偏ると途端に冷笑を浴びたりするのだけれど、真っすぐピンと立ったヨアちゃまの親指が、僕には東京タワーよりも誇り高く映った。


「んじゃ、まー、そろーり。遠回しに聞くんもアレだし、ガッツリ質問しちゃおっかな」

 

 ヨアちゃまはスマホをポチっとしながら、そう切り出す。


 ピコンとLINEの通知が一件。

〈聞き込みしま☆〉。了解。


「――『赤い女』が出たってはなし、マジなん?☆」

『……』


 不可思議だった。達磨だるまにでも睨まれたかのように、井龍と香川さんが硬直している。


「その話はお前にしかしてねえぞ……桂華」

「えと、その、違うの、翔馬」

「お前らどうした、赤い女ってなんだ?」


 不穏な空気が漂うなか、ヨアちゃまは構わず続ける。


「なかむーも知ってるっしょ。歩行田ほこうだとなり。調べたら、まだ服役中のはずなんよね」


 歩行田となり。

 なるほど、それが――いるはずのない『赤い女』の輪郭か。


 察するに、いや察せずとも分かる。

 井龍翔馬は、過去にに逢ったのだろう。


 あの日々、あの時々、あの所々で。

 五人の詐欺師に出会った僕と、井龍の傷の深さには、いかほどの違いがあるのか。

 

(すこし。興味がある)


「――てことはさ。最近、翔馬が見たっていう『赤い女』は本物かもしれんってことじゃん。身長は? 体重は? 髪の色と長さは?」

「よ、よあきちゃん。それ以上は」


 香川さんが制止に入る。

 でも、ヨアちゃまは止まらない。


「部活休んだんも――」

「やめろおおおおおおおおおおおお……ッッ!!!」


 ファミレスの端から端まで、井龍の切迫した叫びが反響した。

 その大音声だいおんじょうに、店員さんも他のお客さんもびくりと身体を震わせ、場内は一時ただならぬ空気に包まれた。


 なるべくしてなったような、そんな気がしないでもないが。


 なんにせよ、ヨアちゃまの好奇心の終着駅はここじゃない。

 調査続行。クエスト発生。『赤い女』の正体を追え。


(……「愛」って一方的で残酷だよな)

 

 ひとまず場所を変えようという目配せをし、先にお会計を済ませて店を出た。


 ヨアちゃまの瞳は一番星よりも炯々と輝いていた。

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