「ウィジャボード」編

第2話 紅しょうがと箱の魔力

「そう。春夏冬あきないさんと」


 駅前の牛丼屋で、朝顔あさがおは僕の近況をさらりと探ってくる。


「それは、なに活に該当するの?」

「さあ。なんだろう、都市活とか」

「まんまね」


 脳死で答えると、朝顔は上品にわらった。

 絹糸のような黒髪を、そっと耳にかけながら。


「あら。おいしい」


 お蕎麦をすすり上げる音も控えめで、それだけで育ちの良さが窺える。


「へえ。普段、食べてる藪よりもか?」

「ノーコメントで。だって野暮でしょ。入学式、昼解散、小金くんと久々の外食。その新鮮さだけで、味の八割は決まってしまうもの」


 それってつまり、江戸前のほうが味そのものは上、ってことじゃないのか。

 まあ、それもそうか。僕みたいな老舗アレルギーは例外として。


「他に呼び名の案はあるのかしら?」

「ロア活ってのも考えてみたけど、どうにも、しっくりこなくてさ」

「……その七味の量が、あなたの今を物語っているものね」

「いや、これは別に、背伸びしてるとかじゃなくて、僕は辛いのが好物っていうか」

「ふふっ。あとで、おすすめの漢方を買ってあげる」


「面倒見が良すぎるのも心配の種だよな」

「面倒だと思ってないからせるのよ。女って、手のかかる男に弱いから」


 朝顔は京都人みやこのひとよりも遠回しに僕をクズ呼ばわりしつつ、「推し活にハマってるなら、お小遣いをあげるわよ。元許嫁として」と囁いた。


 偏見だ、と僕は強く否定した。

 ヨアちゃまとは、もちろんお金の関係じゃない。


 露ヶ玉つゆがたま朝顔あさがお

 幼なじみで元許嫁。本日付で僕と同じ東雲高に入り、新入生代表の挨拶を涼しい顔でこなして、当然のように茶道部の設立を申請中。昔から数多くの富裕層が住まう御茶ノ水のなかでも、とりわけ由緒正しい名家に生まれ、末女ながら跡継ぎ候補として育てられた、箱入り娘でもある。


 比喩じゃない。

 文字通りの意味で、幼少の頃の朝顔は茶室に隔離されていた。


 一輪の美のように。あるいは箱詰めの災いのように。名うての霊媒師でもついぞはその禍根を祓えず、屋敷の外へ連れ出すことはおろか、誰も近づけないままだった。


 ――僕を除いて。詳しくは割愛する。


 割愛したとて、婿養子の話だけは割り切れないのだけど。朝顔の父――茶々丸おじさんに、鹿にとっての鹿せんべいのごとく気に入られてからというもの、うちの家族の意見もてんでバラバラで、


 母・木天寥日和「いただけるものはいただいておきなさい」

 父・木天寥月衝「マルちゃんとは話がついてる。後はお前次第だ」

 兄・木天寥土門「小金の好きなようにすればいい」

 姉・木天寥花火「あーちゃんを嫁にもらう一択だろ!」

 妹・木天寥水姫「逆玉の輿ではありませんか。兄さんらしいですね」


 と、こんな感じ。


 しょうじきまいっちゃってる。


 霊的で、物質的で、懐疑的で、情熱的で、劇的。

 霊感を除けば、誰もが享受するであろう、ただの日常。


 人には分相応というものがあり、僕にとって触れちゃいけないものはだいたい現実である。つまり、要するに、よくある話を、物珍しさで『ドラマ』に仕立てられるのは、御免被る――と、少年は考えており、けれど、彼に救われたと勘違いしている少女の想いは、年々、重くなるばかり。


「偏見かしら。ダイレクトメッセージで知り合った『都市伝説』好きのギャルと高校で再会して、『ロア活』に誘われる。普通なら、詐欺や、お金の関係を疑うのが筋だと思うのだけど……」


 朝顔はセーラータイプの制服のリボンを整えつつ、眉根を寄せる。


「詐欺師の線は薄いと思うけどなぁ」

「そう。あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね」


 分かってもらえたようで、なによりだ。


 僕は気を取り直して、七味で真っ赤になった豚汁を具ごと胃に流し込む。

 ほっとする味というよりは、ただただホットな味だった。


「牛丼も頼んでいいか?」

「ふふっ、何杯でも。好きなだけどうぞ」


 ヒモの真似事みたいで気が引ける。

 それでも朝顔は、僕が甘えると情緒が安定する。そういうやつだ。昔から。


「春夏冬さんとは、何時に待ち合わせているの?」

「夕方」

「場所は?」

「駿河台。ヨアちゃまんで、ウィジャ盤を少々」

「そう、ウィジャボードを。小金くんが私以外の女の子と二人きりで、占いゲームを。だとすれば、ロア活の定義について、じっくり話し合う必要があると思うのだけど」

「おまえは下手したら、僕を監禁するだろ。まあ、点検みたいなものだ」


「ということは、呪物絡みなのね……」


 呪物、と断定するにはまだ早い。

 ヘッダーやアイコンから見て取れる情報は、だいたいデタラメだ。

 その類いのものであることは、まず間違いないけど。


「私にとっての非日常が、小金くんにとっての日常だってことは理解してる。でも、危ない真似はよしてね。元許嫁として、あなたの身辺管理くらいは続けていきたいから」


 ああ。と、僕は頷く。


「おまえが正常で、僕が異常だってことくらいは理解わかってるつもりだ」

「あなたは優しい。それでいいじゃない」


 朝顔は言う。

 タブレットをそっと手に取り、タッチパネルへと白い指先を滑らせながら。


「大盛か特盛、どっちにする?」

「じゃあ、並盛で。紅しょうがが雪崩なだれる牛丼って、どうも信用できなくてさ」

「ならお父様に牛肉抜きの牛丼をメニュー化するよう、お願いしてみましょうか?」

「いや、いい。おまえも、大概……異常だよな」

「……あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね」

「そんな顔をするな。おまえは僕を甘やかしてくれる、それでいいじゃないか」


「そうね。迷い猫には小判よりも、愛情を。あなたが望む限り、いくらでも」

「……比較対象がとうとすぎる」


 と、言い返そうとしたところで、牛丼が運ばれてきた。


 猫のように甘やかされる代わりに、紅しょうがだけは自分の裁量でてんこ盛りにし、無心でそれをかきこむ。

 確かに、ご近所の豪邸の塀をよじ登り、箱入り娘が隔離されている茶室の魔力に引き寄せられた小二の僕は、ある意味、迷い猫だったのかもしれない。


 詳しくは、またの機会にでも。


 ちなみに、うちの飼い猫の名前は「地球」と書いて《たま》と呼ぶ。誰が拾ってきたかも分からない不思議な三毛猫で、たまに自分の影と喧嘩していたりする。


 一家全員が『おバカ』というオチは、いかがでしょう。


「ごちそうさま」

「どういたしまして」


 朝顔がそっと手渡してくれたお金でお会計を済ませ、僕たちは牛丼屋を出た。

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