「赤い女」編

第10話 東雲高の赤い女のはなし

 僕の名前は木天寥またたび小金こがね。霊感があることを除けば、ごく普通の高校生だ。

 国民的アイドルの妹がいるとか、やたら男をとっかえひっかえしてる姉がいるとか、歳が十三も離れた兄が囲碁のプロ棋士だとか、そういう『世間様が好きそうな話』をし始めるとキリがないので、割愛する。兄弟姉妹けいていしまいの仲は、まあ、そこそこ良好だ。


《よあきちゃん顔ちっさ、やば》

《雑誌よりやっぱ生よ、生。ピーナッツ電子出たん知ってる?》


 教室の窓側一番後ろの席で、女子二人がヨアちゃまに見惚れている。

Peanutピーナッツ』。専属モデル。ギャルのカリスマ、春夏冬あきないよあき。


 陽キャの中の陽キャにして、全校生徒が周知していると噂の同級生。

 でも、噂は噂。一年一組から三年八組までの生徒ひとりひとりに、アンケートを取ったわけでもあるまい。目と耳で疑い、心で口で否定するのが僕のモットーである。


 だから、《テメエは舌先三寸なんだよ!》と姉に揶揄されるのかもしれない。

 カッとなって、《口先だけはそっちだろこの処女ビッチが》と、二重の意味を込めて返したら、本気で顔面をひっかかれた。昨夜のことだ。


「マーくんのそれ、何系のファッションなん? 中二ってやつ?」


 真ん中一番前の席のさらにその前。生徒と教員の境界線上で椅子をきーこきーこしながら教壇にもたれかかるヨアちゃまが、セーラー服のリボンをいじりつつ、訳の分からないことを聞いてくる。


「んー、なんだろう」


 僕は考えるフリをしながら、ゆで卵の輪切りをぱくり。

 甘い(母さん、これ砂糖)。


 それにしても、不思議だ。いまどきのギャルが視界の端にちらりと映るだけで、木天寥またたび家の平々凡々なお弁当が急にフォトジェニックに見えてくるのだから。


「スカーフェイスを略して、SFとかかな」

「バリウケ。『Y2K』的な?」

「そんなにいいものじゃない。僕の場合は傷の露出だし」 

「飼い猫とケンカでもしたん? マーくんってペットにもなめられるタイプっしょ?」


 ヨアちゃまの安い挑発を、僕は鼻息であしらう。


「どうして僕んが猫を飼ってるって知ってるんだよ。さてはヨアちゃまおまえ、スクールの一軍だな?」

「それだとあたしが行為してるみたいじゃん」

「していないとどうして言い切れる。僕のような陰キャにつきまとって、点数稼ぎか?」

「ないわー、マーくんにぞっこんなのに」


 ゾワッ。地味にリアリティのあるボケ返しはやめてほしい。


「ま、その、なんだ。昨日……姉を怒らせてしまってさ」

「ナルホナルド」

「なるほどじゃない。友人として、ここは友人をいたわる場面だ」

「どったの、どっか痛いん? お姉さんがなでなでシてあげよっか?」

「……姉に対する不服でいっぱいの僕を、姉キャラで煽るな」


《よあきちゃんと話してる人、誰?》

《もくてん君って人》


 またたびです。教室にいるクラスメイト(四割強)の視線が僕に集中している。霊的な気配よりも、生者の好奇心のほうがよほど厄介だ。


「んね、あれ知ってる?」

「あれ? いいや知らない」

東雲しののめ高の『赤い女』のはなし」


 また都市伝説か。しかも定番のやつ。


「それ系の話って大抵、陰陽師の封印を破った怪物とか、ディティールが無駄に輪郭を帯びてる『作り話』だろ?」

「え、ディオール? 輪郭帯びるのわかるわー。コスメの立体感マジぱねーもん。ちな、あたしの誕生日、五月十三日ね」


 へえ、と僕は空返事をする。


「てかさ、マジメなはなし。輪郭がないはなしのほうが逆にコワくない?」

「というと?」

「《なんかいるらしいよ〜》っていう、アバウト系のほうがガチ感あるんよね」


 それは果たしてどうだろう。

 僕には《いるらしい》のいるいないが判別できてしまう。

 踏まえて、僕自身の経験則に基づいて、この世でもっとも何をしでかすか分からないのは、むしろ人間のほうだと『断定』している。


 だから、ヨアちゃまが「これじゃない」感を出す時のほうが、よほど怖い。


「あたしが聞いたんはのやつね。もっとこー、この前のウィジャ盤みたいなん求めてんだけど」


 ほら。


「それはもう都市伝説とはいわない。の問題だ」

「一応、あたしなりに調べてみたんよ」


 聞いちゃいないし、聞いてもない。


「おなちゅうの、翔馬ってのが六組にいるんだけど」


 その男子生徒のことなら、少し知ってる。

 本日の日付は、四月二十二日。水曜。二年、三年生が試金石となり、顧問が新入部員を見定めるこの時期に、一年生にしてすでに毎年全国争いをしているバスケ部のレギュラーに抜擢されたとかいう、高身長のイケメンくんだ。


 記憶がいい加減でなければ、苗字は確か井龍だった気がする。


「アイツ、いるはずのない『赤い女』のはなしをまだしててさ」

「随分と断定的な物言いをするんだな」

「そこが今回のポイント! とりま聞き込みすっから放課後空けといてね」

「……、いやだといったら?」

「明日から別の子らとお昼食べよっかなー」


 あうっ。

 またボッチに逆戻りするのもそれはそれで気が楽ではある。しかし、それだと僕が友情なんてものは酸っぱい葡萄だと正当化する狐みたいで、どうにも納得がいかない。


「悪魔じみてるや」

「責任転嫁すなー。はよ話し相手作れっての」

「いるにはいる」

「八組のガタマさん? 学年イチの美人とマーくんの組み合わせって、なーんか想像できんのよね」


 朝顔がナンバーワンかどうかは諸説あるが(候補のひとりには確かヨアちゃまも入ってたはず)。まあ、それはあえて口にしないでおこう。


「僕も同感だ。だから、学校では話しかけないことにしてる」

「ふーんボッチじゃん。なら、やっぱ作らんと」

「努力はしてるつもりだ」

「ダウト」


 なぜバレた。


「そろり面倒見切れんからね。あたし、マーくんと違ってトモダチ多いし」

「二度も刺すな。僕がアレルギー反応を起こしたらどうする」

「そんときは、んー、毒っ面に蜂的な?」

「とどめを刺しにかかるなよ」


 正直、あと八十年も生きるのかと思うと軽く鬱になる――けれど僕は案外、欲深い。

 死ぬ前に一度は回らないお寿司を食べてみたいし、青春ってやつも味わってみたい。そんなふうにして、人生百年時代をちゃっかり謳歌しようとしている。


「それはそれとして。放課後はヨアちゃまの我儘に付き合うんだ。ちょっとくらい、見返りがあってもいいだろ?」


「俗物ぅ。ギャルと過ごす昼休みのレート、知らんの?」

「あいにく僕は素寒貧でね」

「プ、ラ、イ、ス、レ、ス! まいっか。ほれ、お箸貸してみ」


 ヨアちゃまは半ば強引に僕から箸を奪い取ると、大木を持ち上げる高性能林業機械よりも軽々とブロッコリーを摘まみ上げた。SDGsの観点から残そうと思ってたんだけど。


「はい、あーん♡」






「前振りが雑だなぁ」

「はよ」


 促されるまま……しぶしぶ、あーっと口を開ける。


「――はむっ」

「おまえが食べるんかい!」

「ンフフ、うめー♡」


 幸せそうだ。

 その顔を間近で拝めるだけで、もう十分すぎるほどの役得だと思えてしまう。

 

「ブロッコリーは苦手なんだ。お代はそれで構わないよ」

「ちちち。これは、リハリハ。ご褒美は都市伝説のあとで的な?」

「東川節で無駄にエモさをつけ足すんじゃない」

「謎ウケ!」


 もっとスゴイことしてあげっから期待しとって、とヨアちゃまは締めくくる。


 僕は鼻で笑い飛ばして、弁当箱に蓋をした。

 ヨアちゃまにジト目で睨まれた。

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