第12話 始末書と、厳戒態勢の休日
翌日。
私はピクセル・ラボの会議室の床で、美しい正座をきめていた。
「──で? 何か言うことはある、東堂?」
ホワイトボードの前に仁王立ちする璃奈マネージャーが、般若のような形相で見下ろしてくる。
私は膝の上で拳を握りしめ、真っ直ぐに彼女を見上げた。
「……弁解の余地もございません。あかりの聖なる額(ひたい)に、私の石頭ごときが接触事故を起こしたこと……万死に値する重罪だと認識しております」
「そこじゃない!!」
璃奈さんが持っていた丸めた台本で、スパーンとテーブルを叩いた。
「誰があんたの石頭の話をしてんの! キャラ設定よ、キャラ設定! 『クールな騎士』が、なんで生放送で『過保護なオカン』になってんのよ! アーカイブ見た!? あんた、あかりちゃんのおでこにフーフーしてたよ!?」
「それは……あかりが痛そうにしていたので、つい本能が……」
「その本能を抑えるのが仕事でしょ!」
璃奈さんは深いため息をつき、頭を抱えた。
「はぁ……。まあ、怪我の功名というか、ネットの反応は悪くないのが救いね。『ポンコツ騎士』とか『ギャップ萌え』とか言われてるし」
「ポンコツ……心外な評価です」
「事実でしょ。……とりあえず、反省文。原稿用紙三枚。書き終わるまで帰しません」
渡された原稿用紙とペン。
私は粛々と筆を執った。
反省文など容易い。私は一時間かけて、あかりの額の曲線美がいかに芸術的か、そしてそれを傷つけることがいかに国家的損失であるかを、三千文字にわたって情熱的に書き綴った。
それを読んだ璃奈さんが「……もういい、帰れ」と力なく呟いたのは言うまでもない。
◇
数日後。
「少し頭を冷やしてきなさい」という璃奈さんの温情(呆れ)により、私たちには丸一日のオフが与えられた。
「紫苑ちゃん! パンケーキ食べに行こ!」
寮のリビングで、あかりがスマホの画面を見せてくる。駅前にできた話題のお店らしい。
私は即座に首を横に振った。
「却下だ。危険すぎる」
「えぇー、なんで?」
「忘れたか。先日の配信で、私たちの顔は全世界に割れているんだぞ? 特にあかりの可愛さは、画面越しでも致死量だ。生身で街を歩けば、ファンが押し寄せてパニックになる。最悪、スナイパーに狙われる可能性だってある」
「スナイパーはいないと思うなぁ……」
あかりは頬を膨らませてむくれると、私の袖をツンツンと引っ張った。
「行きたいもん。……紫苑ちゃんとデート、したいもん」
上目遣い。潤んだ瞳。
──効果は抜群だ。
「……分かった。ただし、変装が条件だ」
「やったぁ! 大好き!」
数十分後。
私たちは準備を整えて玄関に立った。
あかりは、伊達メガネにキャスケット帽、少し大きめのパーカーという出で立ち。
変装しているはずなのに、隠しきれないオーラが漏れ出ている。「お忍びのアイドル」感がすごく可愛い。
対する私は、全身黒のセットアップに、黒いキャップ、黒マスク、そして漆黒のサングラス。
鏡を見たあかりが「……不審者?」と呟いたが、私は「SPだ」と訂正して家を出た。
街に出ると、予想通り視線が集まった。
すれ違う人々が「あの子可愛くない?」「後ろの人、ヤバそう……」と囁きながら避けていく。
よし、私の威圧感が機能している証拠だ。これなら誰もあかりに近寄れまい。
……そう思っていたのだが。
「ねえねえ、お姉さん可愛いねー。今ひとり?」
パンケーキ屋の行列に並んでいる時、軽薄そうな男二人組が、あかりに声をかけてきた。
私の存在(黒い壁)が見えていないのか? それとも命知らずなのか?
あかりが困ったように私の方を見る。
私はサングラスの下で目を細めた。
(貴様、私の神に気安く──)
怒鳴りつけようとして、ふと璃奈さんの言葉が脳裏をよぎる。『クールでいろ』。
そうだ。ここで騒ぎを起こせば、あかりに迷惑がかかる。
私は無言で一歩前に出ると、あかりと男たちの間に割り込んだ。
そして、サングラスを少しだけずらし、その隙間から男たちを見下ろした。
感情を一切乗せない、爬虫類のような冷たい瞳で。
「…………」
「ヒッ……! す、すんません!」
男たちは脱兎のごとく逃げ出した。
やはり、言葉など不要。殺気だけで十分だ。
「ふふ。やっぱり紫苑ちゃんは、頼りになる騎士様だね」
お店に入り、注文を済ませ運ばれてきたのは、山盛りのホイップクリームとフルーツが乗った、タワーのようなパンケーキだった。
「わぁ……! 美味しそう!」
あかりがナイフとフォークを手に取り、大きな一口を頬張る。
もぐもぐ、とリスのように頬を膨らませ、幸せそうに目を細めるあかり。
──被写体深度、良好。光量、パーフェクト。
私は無言でスマホを取り出した。
璃奈マネージャーの言葉が脳裏をよぎる。『投稿は写真のみ。テキストは一切打つな』。
なるほど。つまり「写真であれば、情報の密度に制限はない」という解釈で間違いないな?
私はスナイパーのような手つきでカメラアプリを起動した。
カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ!
「え、紫苑ちゃん? すごい撮るね?」
「うん?気にせず食べてて。私はただの記録係だ」
私は席を立ち、あらゆる角度からあかりを狙撃(撮影)した。
・真上からの俯瞰(テーブルの料理とあかりの対比)。
・あーん、と口を開けた瞬間の接写(彼氏目線)。
・クリームが鼻の頭についた瞬間の奇跡の一枚(あざとい)。
・逆光で輝く、食後の満足げな笑顔(聖母)。
フォルダには数百枚のデータが蓄積されている。
私はその中から、断腸の思いで「神ショット」を選別し始めた。
「……X(旧Twitter)では、一度に4枚しか貼れない。少なすぎる」
私は舌打ちした。
あかりの尊さをたった4枚の静止画で表現しろなど、ルーブル美術館を30秒で見学しろと言うに等しい暴挙だ。
「だが、Instagramなら……!」
私はアプリを切り替えた。
ここならカルーセル投稿(複数枚投稿)が可能だ。
私は迷わず、投稿上限であるMAX20枚を選択した。
・1枚目:パンケーキとあかり(王道)。
・2枚目~5枚目:一口目を頬張るまでのコマ送り(動画ではない)。
・6枚目:鼻にクリームがついた接写。
・7枚目:それを舌でぺろりと舐めとる瞬間。
・10枚目:逆光で輝く睫毛の拡大(マクロ撮影)。
・20枚目:完食して満足げな、空のお皿と笑顔。
完璧だ。一つの物語(ドキュメンタリー)になっている。
璃奈マネージャーの言いつけ通り、文章は一文字も入れない。
ただ無言で、20枚の画像爆弾を投下した。
──数分後。
私のスマホが、処理落ちするほどの勢いで震え始めた。
『通知来て開いたら、枚数えぐくて笑った』
『20枚!? 写真集かよ!!』
『スクロールしてもスクロールしてもあかりちゃんが出てくる……ここが天国か?』
『騎士様、無言でこれは重いってwww』
『1枚1枚のクオリティが高すぎてプロの犯行』
『10枚目の睫毛のアップ、撮影者のフェティシズムを感じる』
『通信制限かかったけど後悔はない』
『文章ないのが逆に「これを見ろ、言葉はいらん」って圧を感じて好き』
コメント欄が「供給過多で死ぬ」という悲鳴で埋め尽くされている。
よし。
言葉など不要。20枚の連写による物量攻撃こそが、正義だ。
「ん? 紫苑ちゃん、スマホ見てニヤニヤしてどうしたの?」
「……なんでもない。今日も平和だと思ってな」
私は満足げに頷き、冷めた自分のコーヒーを啜った。
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