第13話 フェス、あるいは戦争
翌日。
私たちが事務所のドアを開けると、そこにはデスクに肘をつき、虚空を見つめる璃奈マネージャーの姿があった。
「おはようございます」
「……おはよ」
璃奈さんは私を見ると、深く、それはもう深く溜息をついた。
怒鳴られるわけでも、詰め寄られるわけでもない。
ただただ、「呆れ」と「脱力」が入り混じった、悟りを開いた僧侶のような顔をしている。
「……東堂」
「はい」
「『文章を打つな』とは言ったわよ。言ったけどさぁ……」
璃奈さんはタブレットの画面を指先でトントンと叩いた。
そこには、私が昨日投下した20枚の画像爆弾が表示されている。
「上限MAXまでブチ込めなんて、誰が言ったのよ。写真集かと思ったわ」
「……厳選に厳選を重ねた結果です。本当はあと50枚ほど、あかりがストローを噛んでいる神ショットがあったのですが、泣く泣くカットしました」
「カットして正解よ。それ載せてたらサーバーが落ちてたわ」
璃奈さんは「はぁー……」ともう一度溜息をつくと、苦笑いを浮かべた。
「ま、おかげでフォロワー数は爆増したし、エンゲージメント率も異常に高いから、結果オーライなんだけどね。……あんたの愛の重さ、計算に入れるの忘れてたわ」
どうやらお咎めはなしのようだ。
私は心の中で静かにガッツポーズをした。あかりの尊さが、事務所のサーバー負荷という物理的懸念をも超えた瞬間である。
「二人とも、席について。話があるの」
璃奈さんの空気が、仕事モードに切り替わる。
奥のソファで死んだように眠っていた葛城社長も、むくりと体を起こした。
「次の仕事が決まったわよ」
璃奈さんがデスクに置いたのは、一枚の企画書だった。
タイトルには太字で**『アイドル・ニューウェーブ・フェス 202X』**とある。
「フェス……?」
「そう。新人アイドルの登竜門と呼ばれる合同ライブイベントよ。キャパは2500人。ネットじゃなくて、生身の人間を相手にする実戦(ステージ)ね」
2500人。
私はゴクリと喉を鳴らした。ついに、あかりの歌声を直接人類に浴びせる時が来たのか。
あかりも隣で「に、にせん……」と緊張で固まっている。
「まあ、うちらは飛び入り参加枠だけどね。ここで爪痕を残せば、一気にメジャーへの道が開けるわ」
璃奈さんはニヤリと笑い、社長の方へ視線をやった。
葛城社長は、手元の出演者リストを眺めながら、電子タバコの煙(水蒸気)を吐き出した。
「……社長、どうですか?」
「ああ、悪くねぇな。だが……」
社長の指が、リストのある一点で止まった。
そこには、業界最大手『スターダスト・ガーデン』のロゴと、その所属アイドルの名前があった。
「……チッ。ここも出るのかよ」
社長が小さく舌打ちをした。
普段の「昼行灯」のような飄々とした態度とは違う、刺すような棘を含んだ声色。
その目は、リストの文字を焼き切るように鋭く細められていた。
「しゃ、社長……?」
あかりが怯えたように声をかけると、社長はハッとしたように表情を戻し、いつもの気だるげな笑みを浮かべた。
「ん、なんでもねぇよ。……おい東堂、西園寺。気合い入れろよ」
社長は立ち上がり、窓の外に広がるビル群──その彼方にある、大手事務所の自社ビルの方角を見下ろした。
その背中からは、隠しきれない硝煙の匂いと、過去の因縁めいた空気が漂っていた。
「今回のフェスは、ただのお祭りじゃねぇ。……戦争だ」
その言葉の真意を、私たちはまだ知らない。
ただ、これから向かう場所が、煌びやかなだけではない、残酷な戦場であることを予感して、私はあかりの手を強く握りしめた。
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